二木芳人は現在何をしている?昭和大学での経歴と最近見かけない理由を2026年最新解説
新型コロナウイルス感染症の流行期に、テレビの情報番組で感染症の解説をしていた医師・医学者の二木芳人(にき・よしひと)氏。以前は「昭和大学の二木教授」として知られていましたが、2026年現在は何をしているのでしょうか。「最近テレビで見かけない」「大学を退職したのでは」と気になっている人もいるはずです。
昭和医科大学の公式情報や学会の公開プログラム、過去の経歴資料をたどると、二木氏の現在の肩書や活動、臨床感染症学部門の歴史が見えてきます。2025年には感染症に関する専門的な活動も確認でき、テレビへの露出が減った印象だけで、専門家としての活動が終わったと判断することはできません。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の肩書:昭和医科大学の公式情報では、二木芳人氏は名誉教授として掲載されています。
- 最近見かけない理由:2020年に大学・大学病院での勤務を退職し、その後は客員教授として関わり、2024年には名誉教授として紹介されています。テレビ出演の減少と専門活動の終了は同じ意味ではありません。
- 専門分野と実績:感染症学、呼吸器病学、抗菌薬の適正使用、院内感染対策などが主な専門領域です。臨床感染症学部門は2007年に開講し、2017年に正規の内科学講座の一部門へ昇格しました。
【2026年最新】二木芳人は現在何をしている?名誉教授としての立場
2026年10月時点で二木芳人氏の現在を把握するうえで、まず押さえたいのが昭和医科大学における肩書です。大学の公式サイトでは、医学部内科学講座臨床感染症学部門の教員一覧に「名誉教授」として名前が掲載されています。
一方、同じ部門の紹介文には「客員教授」と記載された箇所も残っています。過去のプロフィールにも客員教授の表記があるため、検索結果によって肩書が異なるのは、掲載時期やページの更新状況が異なることも関係していると考えられます。2024年以降の大学公式ニュースや2025年の学会プログラムでは名誉教授と紹介されており、現在の肩書を確認する際には、こうした新しい公表情報を優先するのが適切です。
二木氏は2020年3月に昭和大学および昭和大学病院での勤務を退職しました。その翌月からは、大学の客員教授として関わってきた経歴があります。したがって、大学での常勤職を退いたことと、大学との関係が完全になくなったことは区別する必要があります。
また、2025年の第69回日本医真菌学会総会・学術集会の公開プログラムには、二木氏が昭和医科大学医学部名誉教授として座長を務める予定が掲載されています。2025年9月には、感染症の流行状況や対策を解説する動画にも登場しています。少なくとも、コロナ禍以降に専門家としての活動が一律に途絶えたわけではありません。
なお、人物紹介の中には、医療法人みつや会・新八街総合病院の理事として二木氏を掲載しているものもあります。ただし、2026年現在の在任状況については、大学の名誉教授という肩書ほど明確な最新の公式情報がそろっているわけではありません。現在の活動を整理する際には、大学での肩書と、それ以外の医療機関に関する紹介情報を分けて見る必要があります。

【経歴・プロフィール】二木芳人氏の専門分野と医師としての歩み
二木芳人氏は1949年12月7日生まれの医師・医学者です。1976年に川崎医科大学医学部を卒業し、呼吸器内科の臨床と研究を出発点として、感染症の診療、抗菌薬治療、感染管理の分野でキャリアを重ねてきました。
1988年から1990年にかけては、米国ニューヨークのメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターに留学。その後、川崎医科大学での勤務を経て、2006年には倉敷第一病院の呼吸器センター副センター長を務めました。同年11月には昭和大学医学部の臨床感染症学講座で教授に就任し、感染症の教育・研究・診療に携わるようになります。
二木氏の専門分野は、感染症学と呼吸器病学です。具体的には、細菌やウイルスなどによる感染症の診療、抗菌薬を適切に使用するための取り組み、薬剤耐性菌への対応、医療機関内での感染拡大防止などが挙げられます。
感染症の専門家というと、新型コロナウイルスの解説者というイメージが先行しがちです。しかし、二木氏の経歴をたどると、その専門性は新型コロナウイルスの流行以前から培われたものであることが分かります。呼吸器内科を基盤に、感染症の診断・治療と医療現場の感染管理を長く扱ってきたことが、専門家としての特徴です。
学会活動でも、日本感染症学会、日本呼吸器学会、日本化学療法学会などで要職を歴任してきました。こうした経歴は、テレビ出演だけでは見えにくい二木氏の専門性を理解するうえで重要です。
【経歴年表】2006年から2026年までの主な転機
二木氏の経歴で特に重要なのは、2006年の昭和大学への着任、2017年の臨床感染症学部門の再編、2020年の退職、そして2024年以降の名誉教授としての紹介です。大学の公式資料や講師プロフィールをもとに、主な転機を整理しました。
| 時期 | 主な出来事 | 意味・背景 |
|---|---|---|
| 1976年 | 川崎医科大学医学部を卒業 | 医師としてのキャリアを開始 |
| 1982~1983年 | 川崎医科大学の呼吸器内科で助手、講師を歴任 | 呼吸器内科を基盤に臨床・研究経験を積む |
| 1988~1990年 | 米国メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターに留学 | 海外で専門的な研鑽を積む |
| 2006年11月 | 昭和大学医学部の臨床感染症学講座で教授に就任 | 感染症の教育・研究・診療に本格的に携わる |
| 2007年4月1日 | 臨床感染症学部門が寄付講座として開講 | 専門的な感染症診療と研究の体制を整備 |
| 2012年 | 昭和大学病院の感染管理部門長を兼務。同年9月に内科学講座の部門名へ移行 | 感染管理と内科学講座の教育・研究を担う |
| 2017年4月1日 | 臨床感染症学部門が正規の内科学講座の一部門に昇格。二木氏は特任教授に就任 | 部門の教育・研究・診療体制を大学の正規組織に位置づける |
| 2020年3月 | 昭和大学および昭和大学病院での勤務を退職 | 常勤の勤務体制から転換 |
| 2020年4月以降 | 昭和大学の客員教授として紹介される | 退職後も大学との関係を継続 |
| 2024年以降 | 昭和医科大学の公式ニュースなどで名誉教授として紹介 | 現在の肩書を把握するうえで重要な節目 |
| 2025年 | 日本医真菌学会の学術集会プログラムや感染症関連の動画に登場 | 専門家としての活動が続いていることを示す公表記録 |
この年表から分かるのは、二木氏のキャリアが一度の役職変更で終わったわけではないという点です。教授、特任教授、客員教授、名誉教授という肩書の変化は、大学内で担う役割や雇用上の立場が変わってきたことを反映しています。

【2007年開講・2017年再編】昭和大学の臨床感染症学部門はどう変わった?
二木芳人氏の経歴を理解するうえで欠かせないのが、臨床感染症学部門の設立と組織再編です。昭和医科大学の公式サイトによると、同部門は2007年4月1日に寄付講座として開講しました。2017年4月1日には、正規の内科学講座の一部門へと昇格しています。
寄付講座とは、企業や団体などからの寄付を基盤に設置される大学の教育・研究組織です。二木氏は2006年11月に臨床感染症学講座の教授に就任し、その後、部門の立ち上げと発展に携わりました。
2012年には内科学講座の再編に伴って名称が変更され、臨床感染症学部門として位置づけられました。この段階では寄付講座としての枠組みが存続していましたが、2017年4月に正規の内科学講座の一部門へ昇格し、大学組織の中での位置づけが変わりました。二木氏自身も同時期に特任教授に就任しています。
この変化を単なる名称変更として捉えるのは適切ではありません。感染症は、重症患者の診断・治療だけでなく、医療機関内での感染拡大防止、新興感染症への対応、抗菌薬が効きにくい薬剤耐性菌への対策など、複数の診療科や職種にまたがる課題を抱えています。専門部門を大学の正規組織に位置づけることは、こうした課題に継続して取り組むための体制整備という意味を持ちます。
現在の臨床感染症学部門では、重症・難治性感染症や診断が難しい感染症についての相談、抗菌薬適正使用支援、院内感染対策などが主な業務として紹介されています。専属の入院病床を持つのではなく、必要に応じて各診療科と連携して患者を診療する仕組みも特徴です。
また、昭和大学は2025年4月1日に「昭和医科大学」へ校名を変更しました。2026年現在、同じ大学を調べる際に「昭和大学」と「昭和医科大学」の両方が検索結果に出てくるのは、この改称が背景にあります。二木氏の過去の経歴を調べる場合には、当時の名称である昭和大学と、現在の昭和医科大学を区別しながら情報を読むと混乱しにくくなります。
【最近見かけない理由】二木芳人氏の噂の真相を整理
「二木芳人を最近テレビで見かけない」という印象を持つ人がいる背景には、新型コロナウイルスの流行期と現在とで、ニュースの扱われ方が変わったことが考えられます。流行が社会全体の大きな関心事だった時期には、感染症の専門家が連日、テレビ番組で解説する機会がありました。
しかし、テレビへの出演頻度は、専門家としての知識や活動の有無だけで決まるものではありません。感染状況、ニュースのテーマ、番組の構成、取材や解説の依頼など、複数の要因に左右されます。したがって、出演を見かける機会が減ったという印象だけで、引退や活動停止を意味すると判断することはできません。
二木氏の場合、2020年3月に昭和大学と昭和大学病院での勤務を退職したことが、経歴上の大きな転機です。その後は客員教授として紹介され、2024年以降は名誉教授としての公表記録が確認できます。現在の肩書を理解するには、現役時代の教授職と退職後の立場を分けて考える必要があります。
また、2023年4月の参議院内閣委員会の会議録では、二木氏本人が2020年3月に特任教授を退職し、その後は客員教授として大学に関わっていることを説明しています。同時に、新型コロナウイルスのパンデミックでは、感染症の最前線で継続的に診療してきた立場ではないという趣旨も述べています。
この説明は、二木氏の活動を理解するうえで重要です。テレビで感染症を解説する専門家であることと、感染症患者を病院の最前線で診療し続ける臨床医であることは、必ずしも同じではありません。専門知識をもとに情報を解説する役割と、医療機関で日々患者を診る役割は区別して考える必要があります。
一方、病気やトラブルなどが原因で活動を停止したとする、裏付けのある公表情報は見当たりません。公開情報から確認できる主な変化は、大学での勤務形態と肩書、そしてメディア出演の機会が流行期と同じではなくなったことです。
つまり、「最近見かけない」という疑問に対しては、引退や健康上の問題といった憶測を先行させるよりも、2020年の退職とその後の肩書の変化、感染症報道の状況を合わせて見るのが実態に近い理解につながります。

【テレビ出演の評判】コロナ禍で知られた解説者としての実績
二木氏の名前が広く知られるようになった大きなきっかけの一つは、新型コロナウイルス感染症をめぐるテレビの情報番組への出演です。感染拡大の状況や今後の見通し、ワクチン、感染予防などを専門家の立場から解説してきました。
2023年のSmart FLASHの記事は、二木氏についてワイドショーへの出演回数が2年連続で1位だったと紹介しています。コロナ禍において、感染症を専門とする医師がニュース番組で解説する需要が大きかったことを示す一例です。
テレビでの専門家の役割は、医学的な情報を一般の視聴者にも理解できる言葉に置き換え、感染症のリスクや対策を伝えることにあります。二木氏は長年の感染症診療・研究の経歴を持ち、そうした知見を報道の場で伝えてきました。
ただし、テレビでの評判と医学的な専門性は、同じ基準で評価できるものではありません。出演回数はメディアでの露出を示す指標ですが、診療能力や研究成果を直接測定する数字ではありません。また、感染症の流行予測には不確実性があり、専門家の見解も、発言時点で得られていたデータや流行状況を踏まえて理解する必要があります。
二木氏の経歴を評価する際には、テレビでの知名度だけでなく、大学での教育・研究活動、感染管理への関与、学会での役割といった複数の側面を見ることが大切です。2025年の学会プログラムに名誉教授として掲載されていることも、テレビ以外の専門活動を確認する手がかりになります。
感染症の専門家がメディアに出演する機会は、感染症が社会問題としてどれほど注目されているかによって変動します。コロナ禍のような非常時に露出が増え、社会の関心が別のテーマへ移ると出演頻度が落ち着くことは、専門家個人の評価とは別に考えるべき現象です。
【昭和大学二木芳人】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:二木芳人氏は2026年現在、昭和大学の客員教授ですか?
A1:昭和医科大学の公式教員一覧では名誉教授として掲載されています。一方、部門紹介や過去のプロフィールには客員教授という表記も残っています。2024年以降の大学公式ニュースや2025年の学会プログラムでは名誉教授と紹介されているため、現在の肩書を確認する際は、掲載時期と情報源を併せて見ることが重要です。
Q2:二木芳人氏が最近テレビに出なくなったのはなぜですか?
A2:2020年3月に昭和大学および昭和大学病院での勤務を退職したことや、コロナ禍のピーク時と現在とで感染症報道の状況が異なることが背景として考えられます。出演頻度が減った印象だけでは、引退や活動停止を意味するとは判断できません。
Q3:二木芳人氏の専門分野は何ですか?
A3:主な専門分野は感染症学と呼吸器病学です。感染症の診断・治療、抗菌薬の適正使用、薬剤耐性菌への対応、院内感染対策などに関わってきました。新型コロナウイルス感染症だけでなく、幅広い感染症領域での経験があります。
Q4:昭和大学の臨床感染症学部門はいつ開講しましたか?
A4:2007年4月1日に寄付講座として開講しました。2012年には内科学講座の再編に伴って名称が変更され、2017年4月1日には正規の内科学講座の一部門に昇格しました。
Q5:二木芳人氏は現在も感染症の診療を最前線で行っていますか?
A5:二木氏は2020年3月に昭和大学と昭和大学病院での勤務を退職しています。現在の公開情報から、同氏が以前と同じ形で病院の常勤医として診療しているとは判断できません。名誉教授としての肩書や学会活動、専門家としての解説活動と、日々の臨床診療は分けて理解する必要があります。
まとめ:二木芳人氏の現在を知るための判断基準
二木芳人氏は、川崎医科大学を卒業後、呼吸器内科を基盤に感染症学の分野で経験を積み、昭和大学の臨床感染症学部門の立ち上げと発展に携わってきた医師・医学者です。2007年の開講、2017年の正規部門への昇格、2020年の大学・大学病院での勤務退職が、経歴を理解するうえで重要な節目になります。
2026年現在、昭和医科大学の公式情報では名誉教授として掲載されています。過去のプロフィールには客員教授という表記も残っていますが、これは経歴上の変化や掲載情報の時期を踏まえて読む必要があります。2025年には学会プログラムや感染症に関する動画での活動も確認できます。
「最近見かけない」という疑問については、テレビ出演の減少をそのまま専門活動の終了と結びつけないことが大切です。感染症報道の需要は流行状況によって変化し、大学での肩書や勤務形態もキャリアの段階に応じて変わります。
二木氏の現在を正しく理解するには、テレビでの露出だけではなく、大学の公式教員情報、学会の公開プログラム、本人の発言を記録した公的会議録などを照らし合わせることが有効です。そうすることで、コロナ禍で知られた解説者としての姿と、長年にわたり感染症学を専門としてきた医師・医学者としての歩みを、混同せずに捉えられます。 (出典: 昭和 大学 二 木 芳 人(Yahoo!ニュース))