プロ野球セリーグとは?2026年最新の仕組み・歴史・優勝チームを徹底解説【完全ガイド】
プロ野球セリーグ(セントラル・リーグ)は、日本のプロ野球を構成する2つのリーグの一つです。読売ジャイアンツ、阪神タイガース、中日ドラゴンズなど6球団が所属し、レギュラーシーズンの順位を争っています。2026年は阪神タイガースがリーグ優勝を果たす一方、クライマックスシリーズではレギュラーシーズン3位の横浜DeNAベイスターズが勝ち上がり、日本シリーズに進出しました。
セリーグの成り立ちを理解するには、1950年に始まった2リーグ制だけでなく、その前身に当たる日本野球連盟の歴史を知ることが欠かせません。1936年のプロ野球リーグ戦開始、戦争による中断、1946年の復活、そして1949年のリーグ分裂。これらの出来事をたどると、現在の試合方式や優勝チームの記録が、どのように形作られてきたのかが見えてきます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 基本情報:セリーグは6球団で構成されるプロ野球リーグで、正式名称はセントラル・リーグ。
- 歴史:1936年に7球団でプロ野球のリーグ戦が始まり、1950年にセリーグとパリーグによる2リーグ制がスタートした。
- 2026年最新:阪神がレギュラーシーズンを制し、DeNAがクライマックスシリーズを勝ち抜いて日本シリーズに進出。2027年からはセリーグにもDH制が導入される。
【2026年最新】プロ野球セリーグとは?所属6球団とシーズン順位
セリーグは、日本野球機構(NPB)が運営するプロ野球のセントラル・リーグです。パシフィック・リーグとともに日本のプロ野球を支え、各リーグの公式戦や交流戦、ポストシーズンを通じて年間の王者を争います。
2026年のセリーグには、次の6球団が所属しています。
- 阪神タイガース:本拠地は阪神甲子園球場。2026年のリーグ優勝チーム。
- 読売ジャイアンツ:本拠地は東京ドーム。
- 横浜DeNAベイスターズ:本拠地は横浜スタジアム。2026年のクライマックスシリーズを勝ち抜いた。
- 広島東洋カープ:本拠地はMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島。
- 東京ヤクルトスワローズ:本拠地は明治神宮野球場。
- 中日ドラゴンズ:本拠地はバンテリンドーム ナゴヤ。
NPB公式の2026年度セ・リーグ勝敗表によると、レギュラーシーズンは各球団143試合で終了しました。最終順位は以下のとおりです。
- 1位:阪神タイガース 79勝62敗2分、勝率.560
- 2位:読売ジャイアンツ 76勝64敗3分、勝率.543
- 3位:横浜DeNAベイスターズ 71勝69敗3分、勝率.507
- 4位:広島東洋カープ 61勝78敗4分、勝率.439
- 5位:東京ヤクルトスワローズ 61勝80敗2分、勝率.433
- 6位:中日ドラゴンズ 60勝81敗2分、勝率.426
ここで押さえておきたいのは、レギュラーシーズンの1位が、そのまま日本シリーズの出場チームになるとは限らないことです。セリーグでは、シーズン上位3球団がクライマックスシリーズに進出し、日本シリーズへの出場権を争います。
2026年はその仕組みが象徴的な形で表れました。3位のDeNAはファーストステージで巨人を2連勝で下し、ファイナルステージではリーグ優勝の阪神にも4連勝。リーグ優勝球団に与えられる1勝のアドバンテージを含めて4勝1敗とし、日本シリーズ進出を決めました。
2026年10月25日時点では、日本シリーズでDeNAとパリーグ優勝の福岡ソフトバンクホークスが対戦しています。リーグ優勝と日本一は別のタイトルであり、それぞれの意味を区別することが、プロ野球のシーズンを正しく理解する第一歩です。

【セリーグの歴史】1936年の日本野球連盟から1949年までをたどる
セリーグの歴史をさかのぼると、現在の12球団制とは大きく異なる、7球団によるプロ野球の出発点にたどり着きます。NPB公式の歴史資料によると、1936年に日本職業野球連盟が創立され、東京巨人、大阪タイガース、名古屋、東京セネタース、阪急、大東京、名古屋金鯱の7球団が参加しました。
当時のプロ野球は、現在のように年間を通じて一定の試合数を戦う方式ではありませんでした。1936年は複数の大会を組み合わせた形式でリーグ戦が始まり、同年秋には第2回全日本野球選手権が開催されています。そのため、1936年の春から夏を現在のレギュラーシーズンと同じ感覚で扱うことはできません。
1937年と1938年には春季・秋季のシーズンが設けられ、1939年からは年度単位のリーグ戦へと移行しました。現在の歴代優勝チーム一覧を読む際にも、この初期の開催方式の違いを理解しておく必要があります。
その後、戦争の激化によってプロ野球の活動は制限され、1944年にはシーズンが短縮されました。1945年には通常のリーグ戦が開催されず、戦後の1946年にプロ野球が復活します。NPBの歴史年表も、1946年を学生野球、社会人野球、プロ野球の復活年として記録しています。
戦後の日本野球連盟では、近畿グレートリング、大阪タイガース、南海ホークス、読売ジャイアンツなどが優勝球団に名を連ねました。そして1949年、球団拡張をめぐる問題が大きな転換点になります。新規参入を希望する企業が相次ぎ、既存球団の間でリーグの運営方針をめぐる意見が分かれた結果、1リーグ制から2リーグ制への移行が決まりました。
なお、NPBの歴代成績で使われる「日本野球連盟」は、この1936~1949年のプロ野球リーグ戦の記録を指す歴史上の区分です。現在のセントラル・リーグやパシフィック・リーグが、そのまま1936年から存在していたわけではありません。
【歴代優勝チーム一覧】1936~1949年のリーグ戦と1950年の転換点
日本野球連盟時代の優勝記録を見ると、東京巨人が多くのシーズンで頂点に立った一方、大阪タイガースや南海ホークスなども優勝を重ねてきたことが分かります。以下は、NPB公式の年度別成績に基づく1936~1949年の優勝球団と、2リーグ制が始まった1950年の記録です。
| 年度・シーズン | 優勝チーム | 歴史上のポイント |
|---|---|---|
| 1936年春~夏 | 単一の年度優勝球団なし | 4月29日~7月19日に複数の大会を開催 |
| 1936年秋 | 東京巨人 | 第2回全日本野球選手権 |
| 1937年春 | 東京巨人 | 春季リーグ戦 |
| 1937年秋 | 大阪タイガース | 秋季リーグ戦 |
| 1938年春 | 大阪タイガース | 春季リーグ戦 |
| 1938年秋 | 東京巨人 | 秋季リーグ戦 |
| 1939年 | 東京巨人 | 年度単位のリーグ戦へ移行 |
| 1940年 | 東京巨人 | 東京巨人が優勝 |
| 1941年 | 東京巨人 | 東京巨人が優勝 |
| 1942年 | 東京巨人 | 東京巨人が優勝 |
| 1943年 | 東京巨人 | 戦時下のリーグ戦 |
| 1944年 | 阪神 | 戦争の影響でシーズンが短縮 |
| 1945年 | 該当なし | 通常のリーグ戦は開催されず |
| 1946年 | 近畿グレートリング | 戦後のプロ野球復活 |
| 1947年 | 大阪タイガース | 戦後のリーグ戦が定着 |
| 1948年 | 南海ホークス | 南海が優勝 |
| 1949年 | 読売ジャイアンツ | 1リーグ時代最後のシーズン |
| 1950年 | セ:松竹ロビンス パ:毎日オリオンズ | 2リーグ制初年度 |
この一覧で注意したいのは、1936年春から夏にかけての大会と、同年秋以降のシーズンを区別することです。NPB公式の優勝球団一覧では、1936年春から夏の期間に単一の年間優勝球団を設定していません。一方、秋季の優勝球団として東京巨人が記録されています。
また、1939~1943年は東京巨人が5年連続で優勝しています。戦時下の厳しい環境に入る前後のプロ野球を考えるうえで、この記録は初期リーグの勢力図を示す重要な材料です。
1946年に優勝した近畿グレートリングは、後の南海ホークスにつながる球団です。1947年は大阪タイガース、1948年は南海ホークス、1949年は読売ジャイアンツが優勝しました。こうした戦前・戦後の記録は、現在の球団の歴史を振り返る際にも欠かせません。
なお、1936~1949年は1リーグ時代の記録であり、現在のセリーグの優勝回数にそのまま加算することはできません。セリーグとしての歴代優勝チームを調べる場合は、1950年以降のセントラル・リーグの記録を参照する必要があります。

【プロ野球2リーグ制の経緯】なぜセリーグとパリーグに分かれたのか
現在のセリーグとパリーグが誕生したのは、1950年です。その直接的な背景には、1949年に表面化した新球団の参入と、リーグの規模や運営方針をめぐる対立がありました。
当時のプロ野球は8球団による1リーグ制でしたが、戦後の人気拡大を背景に、毎日新聞社をはじめ複数の企業が球団経営への参加を希望しました。球団数を増やしてプロ野球全体を発展させようとする考え方がある一方、既存球団の間では、試合数や収益配分、運営のあり方などについて意見が分かれました。
野球殿堂博物館の歴史資料によると、1949年11月26日には東京会館別館で日本野球連盟の代表者会議が開かれ、セントラル・リーグと太平洋野球連盟をそれぞれ結成する方針が固まりました。太平洋野球連盟は、現在のパシフィック・リーグにつながる組織です。
1950年にはセリーグが8球団、パリーグが7球団でスタートしました。セリーグには巨人、阪神、中日、松竹などが参加し、パリーグには阪急、南海、東急、大映、毎日などが参加。セリーグは1950年1月に国鉄スワローズが加盟したことで8球団体制となり、1953年には大洋と松竹の合併などを経て6球団体制へと変化していきました。
2リーグ制の成立によって、各リーグの優勝球団が日本一を争う日本シリーズも1950年に始まりました。現在まで続く「リーグ優勝」と「日本一」という2つのタイトルは、この制度改革によって定着したものです。
この歴史から分かるのは、セリーグとパリーグの違いが、単なる地域分けではないということです。球団数の拡張、運営方針の違い、興行のあり方など、プロ野球をどのように発展させるかという議論が、現在の2リーグ制の土台になっています。
【セリーグとパリーグの違い】DH制と試合スタイルはどう変わる?
セリーグとパリーグは、同じ日本のプロ野球でありながら、長年にわたって試合方式の違いを持ってきました。特に大きな違いが、指名打者(DH)制度の有無です。
DHは「Designated Hitter」の略で、投手に代わって打撃専門の選手を打順に組み込める制度です。パリーグでは1975年にDH制を採用しましたが、セリーグは投手も打席に立つ9人制を維持してきました。
DH制がないセリーグでは、投手の打順が攻撃の組み立てに影響します。投手に打席が回るタイミングで代打を送るか、投球を続けさせるか。代打を出した場合に、その後の守備や継投をどう組み立てるか。こうした判断が試合の見どころになってきました。
一方、DH制を採用するパリーグでは、投手が基本的に投球に専念でき、打撃を専門とする選手を起用できます。打線の構成や選手起用の幅が広がり、投手の打席をめぐる采配とは異なる戦術が生まれます。
ただし、2026年時点で、この違いは大きな転換点を迎えています。セリーグは2025年8月4日、2027年シーズンからDH制を採用することを正式決定しました。NPBの発表では、国際大会や国内の高校・大学野球におけるDH制導入の動向なども判断の背景として説明されています。
つまり、2026年はセリーグで投手が打席に立つ最後のシーズンです。長く続いた9人制の野球が一区切りを迎え、2027年からはセ・パ両リーグの公式戦でDH制が採用されることになります。
この変更によって、セリーグの打線の組み方、投手の起用、代打のタイミング、守備位置の選択などに変化が生まれる可能性があります。歴史的なルール変更を理解しておくと、2026年の試合を振り返る際にも、これまでのセリーグならではの戦術をより深く味わえます。

【セリーグの仕組み】143試合・交流戦・クライマックスシリーズを解説
セリーグのレギュラーシーズンは、6球団が勝率を競うリーグ戦です。2026年度は1球団あたり143試合制で、リーグ内の対戦が125試合、セ・パ交流戦が18試合という構成になっています。
リーグ内の125試合は、残る5球団との対戦を積み重ねる形式です。交流戦ではパリーグの6球団と対戦し、異なるリーグのチームとの試合もレギュラーシーズンの順位に反映されます。セリーグの順位は勝率を基準に決まり、勝率が同じ場合には勝利数など所定の規定に沿って順位が決定されます。
レギュラーシーズン終了後には、上位3球団がクライマックスシリーズに進みます。2026年のセリーグでは、次の方式で日本シリーズ出場球団を決めました。
- ファーストステージ:レギュラーシーズン2位と3位が対戦し、先に2勝した球団が勝ち上がる。
- ファイナルステージ:レギュラーシーズン1位とファーストステージの勝者が対戦。1位球団には1勝のアドバンテージが与えられ、これを含めて先に4勝した球団が勝者となる。
- 日本シリーズ:セリーグとパリーグの代表球団が対戦し、先に4勝した球団が日本一となる。
クライマックスシリーズは、レギュラーシーズンの順位とは別に、日本シリーズへの出場権を争うポストシーズンの大会です。2026年はDeNAがレギュラーシーズン3位から勝ち上がり、日本シリーズへの切符を手にしました。
この仕組みを理解するうえで重要なのは、セリーグの年間順位、日本シリーズへの出場権、日本一という3つを混同しないことです。2026年の阪神はレギュラーシーズンの優勝球団であり、DeNAはクライマックスシリーズを制した日本シリーズ出場球団です。両者は異なる実績を示しています。
また、歴代優勝チームの記録を調べる際には、レギュラーシーズンの優勝と日本シリーズの優勝を分けて確認する必要があります。NPB公式の年度別優勝一覧では、レギュラーシーズン優勝球団と日本シリーズ優勝球団が区別されています。2024年にはセリーグ3位のDeNAが日本シリーズを制しており、シーズン順位と日本一が一致しない例は過去にも存在します。
歴代記録を比較するときは、どの大会の優勝を指しているのか、対象年は1950年以降のセリーグなのか、それとも1936~1949年の1リーグ時代なのかを確認することが、数字を正しく読み解くポイントです。
【プロ野球セリーグ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:プロ野球セリーグとは何ですか? A1:セントラル・リーグの略称で、日本のプロ野球を構成する2つのリーグの一つです。2026年は阪神、巨人、DeNA、広島、ヤクルト、中日の6球団が所属し、レギュラーシーズン143試合を戦いました。
Q2:日本野球連盟の1936~1949年の優勝チームは、現在のセリーグの優勝記録に含まれますか? A2:含まれません。1936~1949年は、現在の2リーグ制が始まる前の1リーグ時代の記録です。セリーグの歴代優勝チームを確認する場合は、1950年以降のセントラル・リーグの成績を参照してください。
Q3:2026年のセリーグ優勝チームと日本シリーズ出場チームは同じですか? A3:異なります。2026年のレギュラーシーズンを制したのは阪神タイガースです。一方、クライマックスシリーズを勝ち抜いて日本シリーズに進出したのは、レギュラーシーズン3位の横浜DeNAベイスターズです。2026年10月25日時点では、DeNAとパリーグの福岡ソフトバンクホークスが日本シリーズで対戦しています。
まとめ:プロ野球セリーグの歴史と2027年以降の注目点
プロ野球セリーグを理解するには、現在の6球団や順位だけでなく、1936年の日本職業野球連盟の創立から1949年の1リーグ時代の終わり、1950年の2リーグ制開始までを振り返ることが大切です。戦争による中断と1946年の復活を経て、日本のプロ野球は現在のリーグ構造へと発展しました。
歴代優勝チームの記録を見ると、東京巨人や大阪タイガースなどが初期のリーグを支え、戦後には近畿グレートリングや南海ホークスも優勝を重ねました。1950年以降はセリーグとパリーグがそれぞれリーグ優勝を争い、日本シリーズで日本一を決める枠組みが定着しています。
2026年は阪神がリーグ優勝を果たし、DeNAがクライマックスシリーズを制して日本シリーズに進出しました。そして2027年からは、セリーグでもDH制が採用されます。投手の打席を含めた従来の采配が一区切りを迎え、セリーグの戦術や選手起用にも新しい変化が生まれる見込みです。
歴史を振り返る際は、1リーグ時代と2リーグ時代を分け、レギュラーシーズンの優勝と日本シリーズの優勝を区別すること。2026年以降の試合を観戦する際は、143試合のリーグ戦、交流戦、クライマックスシリーズ、そしてDH制の導入という4つのポイントに注目すると、プロ野球セリーグの現在と未来をより深く理解できます。
主な参照資料:日本野球機構(NPB)公式「年度別成績(1936~2026)」「日本野球の歴史」「2026年度セ・パ公式戦」「2026 JERA クライマックスシリーズ セ開催概要」、野球殿堂博物館のプロ野球史関連資料。 (出典: プロ 野球 セリーグ(Yahoo!ニュース))