上本崇司の現在は?2026年の球団アナリスト転身と経歴・成績、兄との関係を徹底解説
上本崇司(うえもと・たかし)さんは、広島県福山市出身の元プロ野球選手です。広陵高校、明治大学を経て2012年のドラフト3位で広島東洋カープに入団し、内野手・外野手をこなすユーティリティープレーヤーとして、13年間にわたってチームを支えました。2025年シーズン限りで現役を引退し、2026年からは広島の球団アナリストとして新たなキャリアを歩んでいます。
上本崇司さんについて調べる際に気になるのが、現在の仕事や現役時代の成績、引退に至った経緯、そして阪神タイガースでプレーした兄・上本博紀さんとの関係です。日本野球機構(NPB)の公式記録や広島東洋カープの人事発表、報道各社の情報をもとに、プロフィールから選手としての実績、引退後の活動までを整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- プロフィール:1990年8月22日生まれ、広島県福山市出身。右投右打で、広陵高校・明治大学を経て広島に入団。
- 現役時代の実績:広島一筋13年間で通算562試合に出場。内野・外野を守れる柔軟性が持ち味で、2022年には打率.307を記録。
- 現在:2025年シーズン限りで現役を引退。2026年1月1日付で広島の情報処理部・情報分析課のアナリストに就任。
- 兄弟関係:実兄は元阪神タイガースの内野手・上本博紀さん。兄は2026年現在、阪神の打撃コーチ兼スコアラーを務めている。
【プロフィール】上本崇司はどんな人物?出身・生年月日・基本情報
上本崇司さんは、1990年8月22日生まれ。広島県福山市の出身で、右投右打の選手としてプロ野球の世界に入りました。2026年10月時点では36歳です。
選手としての基礎を築いたのは、広陵高校と明治大学です。広陵高校は数多くのプロ野球選手を輩出してきた野球の強豪校で、上本さんも高校野球から大学野球へと進み、経験を積み重ねました。
2012年のドラフト会議では、広島東洋カープから3位指名を受けて入団。2013年にプロとしてのキャリアをスタートさせ、2025年まで広島一筋でプレーしました。
日本野球機構の公式選手記録に掲載されている主なプロフィールは、次のとおりです。
- 氏名:上本崇司(うえもと・たかし)
- 生年月日:1990年8月22日
- 出身地:広島県福山市
- 身長・体重:170cm・76kg
- 投打:右投右打
- 出身校:広陵高校、明治大学
- ドラフト:2012年ドラフト3位
- 所属球団:広島東洋カープ(2013~2025年)
- 現役引退:2025年シーズン限り
- 2026年の職務:広島東洋カープの球団アナリスト
上本さんを理解するうえで押さえたいのは、レギュラーとしての出場数だけでは評価しきれない選手だったことです。複数の守備位置を任され、代走や守備固めなども担いながら、チームの状況に応じて役割を変えてきました。
現役生活を終えた現在も、広島の組織に残って野球に携わっている点は重要です。選手として培った経験が、今度はデータ分析や若手選手の育成支援に生かされる立場へと変わっています。

【経歴・年表】広陵高校から広島カープ一筋13年の歩み
上本崇司さんのプロ野球人生は、2012年のドラフト指名から始まりました。2013年に一軍デビューを果たした後、出場機会を模索する時期を経て、走塁や守備を軸とした選手としてチーム内で存在感を高めていきます。
特に広島がセ・リーグ3連覇を達成した2016~2018年は、チームが多くの選手を起用しながら戦う時期でした。上本さんは内外野を守れる選手として、先発メンバーを支える役割を担いました。
転機となったのが2022年です。自身初の開幕スタメンに名を連ね、自己最多の94試合に出場。打撃面でも打率.307を記録し、守備や走塁に加えて打撃でもチームに貢献できることを示しました。
その後も2023年は84試合、2024年は62試合に出場。2025年は一軍21試合の出場にとどまり、シーズン終了後に戦力外通告を受けて現役引退を決断しました。広島で積み重ねた13年間は、ここで一区切りを迎えます。
主要な節目を整理すると、以下のようになります。
この年表から見えてくるのは、上本さんのキャリアが一直線に出場機会を増やしていくものではなかったことです。守備や走塁を中心に起用された時期があり、その後、打撃成績でも結果を残すようになりました。
一軍での出場数が増えた2022年は、長年にわたって身につけてきた複数ポジションへの対応力に、打撃面の成果が加わったシーズンでした。一方、2025年は出場機会が減少し、現役生活の転換点となりました。
【ポジション】内野手と外野手をこなすユーティリティー性が強み
上本崇司さんの特徴を語るうえで欠かせないのが、内野手と外野手の両方をこなすユーティリティー性です。一般的に、ユーティリティープレーヤーとは複数の守備位置を担当できる選手を指します。
プロ野球では、打力の高い選手が固定されたポジションで出場するケースがある一方、試合展開や選手のコンディションによって、守備位置や起用法を柔軟に変える必要もあります。複数のポジションを守れる選手は、ベンチの選択肢を増やす存在です。
上本さんは、内野の守備に加え、外野でも起用されてきました。さらに、代走や守備固めなどの役割も担い、試合終盤の選手交代や守備配置を考える際にも活用できる選手でした。
このような選手の価値は、打率や本塁打といった数字だけでは見えにくい部分があります。例えば、内野手の交代後に別のポジションを任せられる選手がいれば、監督は残りの選手交代枠や守備配置を柔軟に組み立てられます。
もちろん、複数のポジションを守れることだけで評価が決まるわけではありません。各ポジションで求められる守備力や、打席での対応力、走塁判断なども必要です。上本さんの長い一軍生活は、こうした複数の役割を引き受けてきたキャリアとして見ることができます。
「上本崇司は内野手なのか、外野手なのか」という疑問への答えは、どちらか一方に限定するものではありません。現役時代は内野・外野の両方でプレーした選手であり、複数の守備位置に対応できることが持ち味でした。

【成績】通算562試合、自己最高の打率.307を記録した2022年
上本崇司さんの成績を確認する際は、通算成績と、出場機会が増えたシーズンの成績を分けて見ることが大切です。日本野球機構の公式記録によると、2025年シーズン終了時点の一軍通算成績は562試合、211安打、3本塁打、50打点、打率.250でした。
通算本塁打は3本ですが、長打力を主な武器とする選手とは異なり、上本さんは守備位置への対応力や走塁を含めた総合的な役割を担ってきました。そのため、本塁打数だけで現役時代の貢献を判断するのは適切ではありません。
数字のうえで特に目を引くのは2022年です。この年は94試合に出場し、261打数80安打、打率.307、2本塁打、18打点を記録しました。自身最多の出場試合数に加え、打率でもキャリアの代表的な実績を残しています。
翌2023年も84試合に出場し、打率.259、64安打、1本塁打、17打点をマークしました。2022年だけの一時的な活躍にとどまらず、翌年も一定の出場機会を確保したことが分かります。
一方、2025年は一軍21試合、27打数5安打、打率.185という成績でした。前年の62試合から出場数が減少し、打席数も31にとどまっています。
主な年度の成績を比較すると、次のとおりです。
- 2022年:94試合、80安打、2本塁打、18打点、打率.307
- 2023年:84試合、64安打、1本塁打、17打点、打率.259
- 2024年:62試合、27安打、0本塁打、7打点、打率.209
- 2025年:21試合、5安打、0本塁打、0打点、打率.185
- 通算:562試合、211安打、3本塁打、50打点、打率.250
この推移からは、2022~2023年に出場機会と打撃成績の両面で結果を残した後、2024~2025年に一軍での出場が減っていったことが読み取れます。ただし、出場数や打率だけで、起用の背景やチーム内での評価のすべてが分かるわけではありません。
上本さんのキャリアを振り返るなら、打率.307を記録した2022年を代表的なシーズンとして押さえつつ、通算562試合に出場した実績と、内外野を守る能力を合わせて評価することが重要です。
【兄弟関係】兄・上本博紀は阪神タイガースでプレーした元選手
上本崇司さんの兄は、阪神タイガースで内野手としてプレーした上本博紀さんです。兄の博紀さんは1986年7月4日生まれで、崇司さんより約4歳年上。広陵高校から早稲田大学に進み、2008年のドラフト3位で阪神に入団しました。
兄弟は同じ広陵高校の出身ですが、大学進学後の道は異なります。博紀さんは早稲田大学、崇司さんは明治大学に進学し、それぞれ大学野球を経験した後、別々の球団でプロ野球選手としてのキャリアを築きました。
兄の博紀さんは2009年から2020年まで阪神の選手としてプレー。現役引退後は指導者として球団に戻り、阪神タイガースの公式プロフィールでは、2026年現在、打撃コーチ兼スコアラーとして掲載されています。
兄弟のプロフィールを整理すると、次のようになります。
- 兄・上本博紀:1986年7月4日生まれ。広陵高校、早稲田大学を経て阪神に入団。2026年は阪神の打撃コーチ兼スコアラー。
- 弟・上本崇司:1990年8月22日生まれ。広陵高校、明治大学を経て広島に入団。2025年に現役を引退し、2026年は広島の球団アナリスト。
兄弟に共通するのは、広陵高校で野球を学び、大学を経てプロの世界に進んだ経歴です。一方、プロ入り後の所属球団や現役時代の役割は異なり、博紀さんは阪神で内野手として、崇司さんは広島で内野・外野を守る選手としてキャリアを重ねました。
2026年現在の二人は、選手と指導者という関係でもありません。兄は阪神のコーチ・スコアラー、弟は広島のアナリストとして、それぞれ異なる球団で現場を支えています。兄弟ともにプロ野球の現場に携わっている点は、引退後のキャリアを考えるうえでも興味深い共通点です。
なお、上本博紀さんは阪神タイガースの選手としてプレーした人物であり、上本崇司さんは広島東洋カープでプレーした人物です。同じ名字のため情報が混同されることがありますが、生年月日や所属球団、経歴を照らし合わせれば区別できます。

【2026年最新】上本崇司の現在は球団アナリスト、引退後の仕事とは
上本崇司さんは2025年シーズン終了後、広島から戦力外通告を受け、現役引退を決断しました。その後、広島東洋カープが2025年12月8日に発表したスタッフ人事で、2026年1月1日付の球団アナリスト就任が明らかになりました。
球団が公表した役職は、情報処理部・情報分析課のアナリストです。選手としてユニホームを着て試合に出場する立場から、球団の内部でデータを扱い、選手のパフォーマンス向上を支える立場へと移りました。
報道各社によると、主に二軍の野手を担当する予定とされており、現役時代に培った守備や打撃、走塁に関する経験を、新しい仕事に生かすことが期待されています。
野球のアナリストは、選手のプレーや練習に関するデータを分析し、改善につながる情報を提供する仕事です。打球速度や打球角度、スイングの軌道など、映像や計測機器から得られる情報を整理し、選手の課題や特徴を客観的に把握するために活用します。
こうした分析業務では、数値を読み解くだけでなく、選手が理解しやすい形で伝えることも求められます。選手ごとにプレースタイルや感覚が異なるため、同じデータでも、改善に結びつける方法は一様ではありません。
上本さん自身も現役時代を経験しているため、選手がどのように練習し、試合で何を考え、どのような課題に直面するのかを実体験から理解できる立場にあります。分析結果を選手に伝える際にも、現場での経験が役立つ可能性があります。
一方で、現役選手としての経験が、そのまま分析の専門性を保証するわけではありません。データの解釈や分析手法を学び続け、数値から得られた情報を実際の練習や試合にどう結びつけるかが、新しい仕事の課題になります。
2026年現在の上本さんは、現役復帰を目指して別の球団でプレーしている選手ではなく、広島の球団スタッフとして活動する立場です。引退後も同じ球団で野球に携わり、現役時代とは異なる方法でチームを支えています。
【プロの結論】上本崇司の評価は打率だけでなく、現場経験と分析業務への転換にある
上本崇司さんの現役時代を評価する際、注目すべきなのは、打撃成績と守備の柔軟性を切り離さずに見ることです。通算打率.250、通算3本塁打という数字だけでは、内野・外野を守り、代走や守備固めなどの役割も担ってきたキャリアの全体像は把握できません。
一軍通算562試合という実績は、長期にわたってプロの現場に在籍し、さまざまな役割を経験したことを示しています。とりわけ2022年の打率.307は、守備や走塁を中心に起用されてきた選手が、打撃でも成果を残したシーズンとして記憶される数字です。
また、2026年からアナリストとして働くことは、現役時代の経験を別の形でチームに還元する取り組みでもあります。選手として試合に出場することと、分析によって選手の成長を支えることは仕事内容こそ異なりますが、どちらもチームの競争力を高めることにつながります。
プロ野球の評価を考える際には、個人成績、守備位置への対応力、チーム内での役割、引退後のキャリアを分けて整理することが有効です。上本さんの場合、2022年の打撃成績だけでも、ユーティリティープレーヤーという肩書だけでも、13年間の歩みを十分には説明できません。
現役生活で得た経験を、今度はデータ分析と若手選手の育成支援に生かす。2026年の上本さんを理解するうえでは、選手としての過去とアナリストとしての現在をつなげて捉えることが、最も重要な視点です。
【上本崇司】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:上本崇司は2026年現在、何をしていますか?
A1:2025年シーズン限りで現役を引退し、2026年1月1日付で広島東洋カープの情報処理部・情報分析課のアナリストに就任しました。報道では、主に二軍の野手を担当する予定とされています。
Q2:上本崇司の現役時代の通算成績は?
A2:NPBの公式記録によると、2025年シーズン終了時点で通算562試合、211安打、3本塁打、50打点、打率.250です。2022年には自己最多の94試合に出場し、打率.307を記録しました。
Q3:上本崇司の兄は上本博紀ですか?
A3:はい。実兄は上本博紀さんです。兄の博紀さんは阪神タイガースで内野手としてプレーし、2026年現在は同球団の打撃コーチ兼スコアラーを務めています。崇司さんは広島、博紀さんは阪神という異なる球団でキャリアを築きました。
Q4:上本崇司はどこの出身で、いつ生まれましたか?
A4:広島県福山市出身で、1990年8月22日生まれです。広陵高校、明治大学を経て、2012年のドラフト3位で広島東洋カープに入団しました。
Q5:上本崇司は内野手ですか、外野手ですか?
A5:現役時代は内野手と外野手の両方を務めたユーティリティープレーヤーです。守備位置への対応力に加え、代走や守備固めなど、チームの状況に応じた役割を担っていました。
まとめ:上本崇司の現在と、広島で築いた13年間の実績
上本崇司さんは、広島県福山市出身の元プロ野球選手です。広陵高校、明治大学を経て2012年のドラフト3位で広島東洋カープに入団し、2013年から2025年までの13年間、内野手・外野手としてプレーしました。
現役時代の通算成績は562試合、211安打、3本塁打、50打点、打率.250。2022年には自己最多94試合に出場し、打率.307という好成績を残しました。複数の守備位置を守れる柔軟性も、長くチームを支えた理由の一つです。
2025年シーズン限りで現役を引退した後は、2026年1月から広島の球団アナリストに就任。選手として培った経験を生かし、データ分析を通じてチームを支える新たな道に進んでいます。
兄の上本博紀さんも、阪神タイガースの打撃コーチ兼スコアラーとして野球の現場に携わっています。広陵高校出身の兄弟が、現役選手から指導・分析に関わる立場へと役割を変え、それぞれの球団で活動している点も注目されます。
上本崇司さんの現在を知るうえで大切なのは、引退という節目だけでなく、その後にどのような仕事を選び、13年間の経験をどう生かしていくのかを見ることです。2026年は、選手としてのキャリアを終えた上本さんが、広島のチームづくりを支える新たな役割に踏み出した年となっています。 (出典: 上 本 崇司(Yahoo!ニュース))