王貞治のホームラン868本を徹底解説!年度別成績と2026年最新記録の価値を検証
王貞治のホームランは通算何本なのか。2026年現在も、プロ野球の歴代最多記録として君臨するのが、巨人の主砲として活躍した王貞治の通算868本塁打です。1959年から1980年までの現役生活で積み上げたこの数字は、2位の野村克也を211本上回ります。さらに、本塁打王15回、1試合4本塁打、7試合連続本塁打など、通算本数だけでは語り尽くせない記録も残しています。
一方、1964年に達成したシーズン55本塁打は、現在もプロ野球のシーズン最多記録なのでしょうか。NPB公式記録を確認すると、2022年に村上宗隆が56本、2013年にウラディミール・バレンティンが60本を記録しており、歴代順位には変化があります。ここでは、王貞治のホームラン年度別成績、一本足打法の秘密、野村克也との比較、2026年時点での記録の価値まで、数字を軸に詳しく解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 通算868本:2026年のNPB公式歴代通算本塁打ランキングでも王貞治が1位。
- 本塁打王15回:1962〜1974年に13年連続で獲得し、1976年と1977年にもタイトルを手にした。
- シーズン55本:1964年当時のプロ野球新記録。2026年時点では60本のバレンティン、56本の村上宗隆に続く歴代3位タイ。
【2026年最新】王貞治の通算868本は今もNPB歴代最多
王貞治のホームラン記録を語るうえで、最初に押さえておきたい数字が868本です。日本野球機構(NPB)の歴代通算本塁打ランキングでは、王が1位、野村克也が657本で2位、門田博光が567本で3位に並びます。王と野村の差は211本。3位の門田と比べても、王の記録が突出していることがわかります。
NPB公式の個人年度別成績によると、王の現役期間は1959〜1980年。読売ジャイアンツ一筋でプレーし、通算2831試合、9250打数、2786安打、868本塁打、2170打点、打率.301を記録しました。ホームランだけでなく、打点や塁打、四球などでも歴代屈指の数字を残しています。
特筆すべきなのは、868本という数字が、長い現役生活だけで生まれたものではない点です。王は通算21シーズンではなく、1959年から1980年までの22シーズンにわたり出場し、1970年代には毎年のように40本前後、あるいはそれ以上の本塁打を放ちました。突出したシーズンと高い水準を保ったシーズンが積み重なり、最終的な記録につながっています。
なお、ここでいう868本は、日本のプロ野球における公式戦の通算本塁打です。メジャーリーグの記録や日米通算記録とは集計対象が異なります。ランキングを比較するときは、NPB通算なのか、日米通算なのか、あるいはシーズン記録なのかを区別することが大切です。

【年度別成績】巨人時代22シーズンのホームランを一覧で確認
王貞治のホームラン年度別成績を見ると、記録のすごさは通算本数だけでなく、その安定性にも表れています。デビュー年の1959年は7本でしたが、1962年には38本へと急増。以降は本塁打王を繰り返し獲得し、引退する1980年まで本塁打を積み上げました。
以下はNPB公式の個人年度別成績をもとに整理した、王貞治の年度別本塁打数です。
| 年度 | 本塁打 | 成績の読みどころ |
|---|---|---|
| 1959年 | 7本 | 巨人でのプロ1年目 |
| 1960年 | 17本 | 前年から10本増加 |
| 1961年 | 13本 | 翌年の飛躍を前にした時期 |
| 1962年 | 38本 | 一本足打法を取り入れ、本塁打王を初獲得 |
| 1963年 | 40本 | 初のシーズン40本超え |
| 1964年 | 55本 | 当時のプロ野球シーズン最多記録を樹立 |
| 1965年 | 42本 | 40本以上を維持 |
| 1966年 | 48本 | 高水準の長打力を発揮 |
| 1967年 | 47本 | 本塁打王の連続獲得を継続 |
| 1968年 | 49本 | 50本に迫るシーズン |
| 1969年 | 44本 | 打率.345も記録 |
| 1970年 | 47本 | 安定した本塁打量産 |
| 1971年 | 39本 | 30本台後半を記録 |
| 1972年 | 48本 | 7試合連続本塁打を達成した年 |
| 1973年 | 51本 | シーズン50本超え、三冠王を獲得 |
| 1974年 | 49本 | 2年連続三冠王を達成 |
| 1975年 | 33本 | 本塁打王の連続獲得が途切れる |
| 1976年 | 49本 | 本塁打王に返り咲く |
| 1977年 | 50本 | 本塁打王を獲得、通算756号も達成 |
| 1978年 | 39本 | 30本台後半を維持 |
| 1979年 | 33本 | 現役終盤も30本以上を記録 |
| 1980年 | 30本 | 現役最終年 |
| 通算 | 868本 | 1959〜1980年、22シーズン |
この一覧で注目したいのは、1962年から1974年までの13シーズン連続で本塁打王を獲得したことです。1975年にはタイトルを逃しましたが、1976年と1977年に再び獲得。合計15回という記録は、単に一度の大当たりに恵まれた打者ではなく、長年にわたりリーグ最高クラスの長打力を発揮した打者だったことを示しています。
また、1973年の51本塁打と1977年の50本塁打も見逃せません。55本を記録した1964年だけが特別だったのではなく、王は異なる年代でも50本前後を打てる力を示しました。年度別成績を追うと、通算868本の土台が一時的な爆発力ではなく、継続的な生産力にあったことが理解できます。
【55本塁打の真価】1964年の記録と2026年の歴代順位
王貞治のシーズン最多55本塁打は、1964年に達成された歴史的な記録です。NPB公式の年度別成績によると、王は同年140試合に出場し、472打数で55本塁打、119打点、打率.320を記録しました。長打率は.720に達しており、本塁打だけでなく、打撃全体の完成度も際立っていました。
ただし、2026年時点で55本はNPBのシーズン最多記録ではありません。2013年にヤクルトのウラディミール・バレンティンが60本を記録し、2022年には村上宗隆が56本を放ちました。現在のNPB公式シーズン本塁打ランキングでは、バレンティンが1位、村上が2位、王は55本で3位タイです。同じ55本を記録した選手には、2001年のタフィ・ローズと2002年のアレックス・カブレラもいます。
この変化は、王の記録の価値を損なうものではありません。1964年の55本は、当時のプロ野球記録として打ち立てられ、その後、長年にわたってシーズン最多の基準となりました。NPBは2022年、村上が王の55本を更新して56本に到達したことを、コミッショナー特別表彰の対象としています。
シーズン記録と通算記録は、別々の尺度で評価する必要があります。シーズン最多は1年間の爆発力を示しますが、通算最多は複数年にわたる成績の積み重ねを示します。王はシーズン最多の座こそ譲ったものの、通算868本では2026年時点もNPB歴代1位です。記録を正しく理解するには、更新された記録と、今なお残る記録を分けて見ることが欠かせません。

【一本足打法】868本を生んだフォームと巨人時代の進化
王貞治のホームランを語る際、欠かせないのが「一本足打法」です。投手の動きに合わせて右足を高く上げ、タイミングを取りながら力強くバットを振る独特のフォームは、王の代名詞となりました。野球殿堂博物館も、王を「一本足打法の世界のホームラン王」として紹介しています。
この打法が形づくられたのは、巨人入団後の成績が伸び悩んでいた時期です。打撃コーチの荒川博による指導を受け、王は1962年に一本足打法を本格的に取り入れました。同年7月1日の大洋戦で新打法による本塁打を放ち、シーズン38本塁打で本塁打王を初めて獲得しています。墨田区の郷土資料でも、荒川の指導と一本足打法が、その後の王の飛躍につながった経緯が紹介されています。
一本足打法の意味は、単に足を高く上げることではありません。王自身が後年のインタビューで振り返っているように、課題の一つは投球との距離感やタイミングを取ることでした。投手の動きに合わせて早めに準備することで、ボールを捉えるための時間を確保する。フォームの見た目以上に、始動のタイミングを整える工夫が重要だったのです。
さらに、荒川の指導では、合気道や居合の動きも練習に取り入れられました。王が打撃を単純に力任せの動作と考えず、バットの振り出しや力の伝え方を追求していたことは、スポーツ関係のインタビューや当時の指導に関する記録からもうかがえます。一本足打法は奇抜なフォームだけで語るべきものではなく、反復練習と技術の調整を積み重ねた結果でした。
この打法を取り入れた1962年以降、王は本塁打王を連続して獲得し、1964年には55本、1973年には51本、1977年には50本を記録しました。巨人のV9時代を支えた打者としての実績も、フォームの改良と長期間の安定した打撃が結びついた成果です。
【野村克也と比較】通算868本と657本の211本差を読む
王貞治のホームラン記録を理解するうえで、野村克也との比較は欠かせません。NPB公式の歴代通算本塁打ランキングでは、王が868本で1位、野村が657本で2位です。差は211本に達します。両者とも日本プロ野球史を代表する強打者ですが、通算成績を比較すると、ホームランの量産ペースには明確な違いが見えてきます。
王は2831試合、9250打数で868本塁打。野村は3017試合、1万472打数で657本塁打でした。単純に本塁打数を打数で割った「1本塁打を放つまでに必要な打数」を計算すると、王は約10.7打数、野村は約15.9打数です。王の本塁打頻度が非常に高かったことがわかります。
野村も通算657本、3017試合という圧倒的な実績を残した選手です。捕手として長く出場しながら本塁打を積み重ねた点は、王とは異なる価値があります。打者としての比較では、守備位置、打順、出場機会、所属リーグや球場環境なども考慮する必要があり、通算本数だけで選手の優劣を決めることはできません。
それでも、王の868本が際立つ理由は明白です。野村より少ない打数で、200本以上多くの本塁打を記録しました。王の記録は、長い現役生活に加え、打席あたりの本塁打を生み出す能力が極めて高かったことによって支えられています。
なお、2026年時点のNPB通算ランキングでは、3位が門田博光の567本、4位が山本浩二の536本、5位が清原和博の525本です。歴代ランキングを確認するときは、日米通算の数字や、現役選手の記録が更新された後の順位と混同しないよう注意しましょう。

【1試合4本・7試合連続】王貞治が残した記録の歴史
通算868本や本塁打王15回以外にも、王は試合単位で際立った記録を残しています。野球殿堂博物館の顕彰資料によると、王は1964年5月3日に1試合4本塁打を達成しました。1試合で4本を放つという記録は、通常の長打力だけでなく、その日の打席で極端に高い結果を残したことを意味します。
もう一つの記録が、1972年9月11日から20日にかけて達成した7試合連続本塁打です。連続試合本塁打は、毎試合ホームランを打ち続けなければならない記録です。1試合4本が一日の爆発力を象徴するのに対し、7試合連続は好調を持続する力を示しています。
王は1973年と1974年に2年連続で三冠王を獲得しました。打率、本塁打、打点の3部門すべてでリーグトップに立つ三冠王は、長打力だけでは達成できません。王は本塁打王15回に加えて首位打者5回、打点王13回という成績を残し、打撃全体の能力でも高く評価されています。
1977年には通算756号本塁打を放ち、ハンク・アーロンが保持していた当時の世界プロ野球通算本塁打記録を更新しました。この節目は、王の名前が日本国内だけでなく、世界の野球史に刻まれる転換点となりました。同年にはシーズン50本塁打も記録しており、通算記録の達成とシーズンでの高い生産力が同時に見られます。
こうした記録を並べると、王の強みが単一の数字にとどまらないことがわかります。通算本塁打は長期的な積み重ね、シーズン本塁打は年間の爆発力、連続試合本塁打は継続力、三冠王は打撃の総合力をそれぞれ示しています。王の評価が時代を超えて続くのは、複数の異なる指標で突出した成績を残しているためです。
【本塁打記録は更新される?】2026年時点で考える868本の壁
王貞治の通算868本は、今後更新される可能性があるのでしょうか。記録そのものは永久に更新不可能なものではありません。しかし、2026年のNPB公式歴代通算ランキングを見る限り、868本を超えるには非常に高い水準の成績を長期間にわたって維持する必要があります。
比較対象となる2位の野村克也は657本で、王との差は211本です。仮に毎年40本を打ち続けたとしても、211本の差を埋めるには単純計算で6シーズン近くかかります。しかも実際には、けがや不調、出場機会の減少、年齢による成績の変化などがあるため、毎年同じペースで本塁打を量産するのは容易ではありません。
また、通算868本は22シーズンにわたる積み重ねです。単年で50本、60本を記録する打者が現れても、それだけで王の通算記録に近づくわけではありません。若い時期から長く主力として出場し、年間30〜50本前後を繰り返し記録するようなキャリアが必要になります。
一方、シーズン最多本塁打はすでに更新されてきました。1964年の王の55本は長く歴史的な基準でしたが、2013年のバレンティンが60本、2022年の村上が56本を記録しています。これらの事例は、長く破られないように見えた記録でも、選手の能力や競技環境の変化によって更新される可能性があることを示しています。
今後の記録を追う際は、通算本塁打ランキングとシーズン本塁打ランキングを分けて確認するのが確実です。NPB公式の歴代記録は、シーズン最多の更新や現役選手の積み上げを反映していきます。通算868本の価値を正確に捉えるには、最新の順位だけでなく、記録が生まれた時代と、そこに至るまでの継続性もあわせて見る必要があります。
【プロの結論】王貞治のホームラン記録を評価する最も適切な基準は、通算868本だけを見ることではありません。年度別成績、本塁打王15回、2年連続三冠王、1試合4本塁打、7試合連続本塁打という複数の実績を合わせて見ることです。シーズン最多記録が更新されても、長期間にわたって圧倒的な本塁打数を積み重ねた価値は変わりません。数字の順位だけでなく、その数字を生み出した継続力と打撃技術に目を向けることが、王の記録を理解するうえでの判断基準になります。
【王貞治ホームラン】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:王貞治のホームランは通算何本ですか?
A1:NPB公式記録では通算868本です。1959〜1980年に巨人で記録し、2026年時点でもNPB歴代通算本塁打ランキングの1位を維持しています。
Q2:王貞治のシーズン最多本塁打は何本ですか?
A2:1964年の55本です。当時のプロ野球新記録でしたが、2026年時点のNPBシーズン最多は2013年のバレンティンによる60本で、2022年には村上宗隆が56本を記録しています。
Q3:王貞治は本塁打王を何回獲得しましたか?
A3:15回です。1962〜1974年に13年連続で獲得し、1976年と1977年にもタイトルを獲得しました。
Q4:王貞治と野村克也の通算本塁打数の差は?
A4:王が868本、野村が657本で、差は211本です。NPB公式の歴代通算ランキングでは王が1位、野村が2位です。
Q5:王貞治は1試合で何本のホームランを打ちましたか?
A5:王は1964年5月3日に1試合4本塁打を記録しました。野球殿堂博物館の記録資料にも掲載されている、プロ野球のタイ記録です。
Q6:王貞治の7試合連続本塁打はいつ達成されましたか?
A6:1972年9月11日から20日にかけて達成しました。1試合の本数だけでなく、複数試合にわたって本塁打を打ち続けた記録として知られています。
Q7:通算868本の記録が更新される可能性はありますか?
A7:理論上は可能です。ただし、2026年時点の2位・野村克也の657本との差は211本あり、長期間にわたって高い本塁打ペースと出場機会を維持する必要があります。現時点で更新時期を予測することはできません。
まとめ:王貞治の868本を正しく理解するための判断基準
王貞治のホームラン記録は、2026年時点でも通算868本でNPB歴代最多です。巨人で22シーズンにわたってプレーし、15回の本塁打王、2年連続三冠王、1試合4本塁打、7試合連続本塁打など、数多くの記録を残しました。一本足打法を磨き上げ、長期間にわたって本塁打を量産したことが、通算記録の土台となっています。
一方、1964年の55本塁打は現在のシーズン最多記録ではありません。バレンティンの60本、村上宗隆の56本が上回っており、王の記録は歴代3位タイです。このように、通算記録とシーズン記録を区別することで、過去の偉業と最新のプロ野球記録を正しく理解できます。
王貞治の868本は、単なる大きな数字ではありません。1年だけの爆発力ではなく、長いキャリアのなかで高い成績を積み重ねた結果です。今後、シーズン最多本塁打が更新されることがあっても、通算868本という記録の歴史的価値は揺らぎません。最新ランキングを確認するときは、数字の順位とともに、達成した年代、出場試合数、年度別成績をあわせて見ることが、記録を正しく評価するためのポイントです。 (出典: 王 貞治 ホームラン(Yahoo!ニュース))