北朝鮮でチョコパイはなぜ「第2の通貨」に?2026年最新の経緯と現在の流通事情を徹底解説
韓国のお菓子「チョコパイ」が、かつて北朝鮮でお金に近い価値を持ち、労働者の間で取引されていた――。そんな一見信じがたい現象が生まれた舞台は、南北経済協力の象徴だった開城(ケソン)工業団地です。2004年に本格稼働した同団地では、韓国企業が北朝鮮の労働者にチョコパイを提供し始め、やがて工場の外の市場でも売買されるようになりました。
なぜ、ひとつの菓子が北朝鮮で「第2の通貨」と呼ばれるほどの存在になったのでしょうか。その背景には、現金による報奨の制約、商品の希少性、闇市場の広がり、そして韓国文化の流入を警戒する北朝鮮当局の事情があります。2026年の開城工業団地をめぐる再開論議も踏まえ、オリオンのチョコパイがたどった歴史と、禁止令・国産化・現在の流通事情を整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 第2の通貨と呼ばれた理由:開城工業団地で残業時などの報奨として配られたチョコパイが、市場で売買できる希少な商品になったため。
- 禁止令と国産化の背景:北朝鮮当局は韓国製品の流通や文化的影響を警戒し、配布制限や国産菓子への切り替えを進めた。
- 2026年の最新事情:開城工業団地は2016年から操業停止が続く。再開に向けた韓国側の動きはあるものの、チョコパイの再配布や現在の流通量を裏付ける公表情報は確認できない。
【発端】2004年の開城工業団地でチョコパイに何が起きたのか
開城工業団地は、韓国企業の資本や技術と、北朝鮮の労働力を組み合わせる南北共同の経済事業として整備されました。韓国企業が北朝鮮側の労働者を雇用する仕組みは、両国の経済交流を進める象徴的な試みでした。
そこで人気を集めたのが、韓国の菓子メーカー、オリオンが製造する「チョコパイ」です。チョコレートで覆った生地の間にマシュマロを挟んだ菓子で、工場では間食や残業時の報奨として提供されました。韓国の報道によると、労働者への配布が広がったのは2007年ごろです。
チョコパイが特別な存在になった理由は、単に甘くておいしかったからではありません。普段の生活で手に入りにくい商品でありながら、工業団地では働くことで受け取れる。そのため、食べるだけでなく、家族に持ち帰ったり、ほかの人に譲ったり、市場で売ったりする価値が生まれました。
2009年の韓国紙「Korea JoongAng Daily」の報道では、当時、開城工業団地で働く北朝鮮労働者がチョコパイを家族や年下のきょうだいに持ち帰っていたことや、北朝鮮各地の市場に商品が流れていたことが紹介されています。工場内で配られた菓子が、工業団地の外にまで広がっていたのです。
さらに、企業ごとに配布する数量が異なり、残業などに応じて追加で渡すケースもありました。2011年の報道では、1人当たり1日に数個から10個程度を提供する企業もあったとされています。配布量が増えたことで、チョコパイは単なるおやつを超え、労働者にとって目に見える報奨になっていきました。
ただし、開城工業団地の労働者が受け取る賃金のすべてがチョコパイだったわけではありません。チョコパイが担ったのは、主として間食や残業時の追加的な報奨という役割です。賃金そのものの支払いには北朝鮮当局が介在しており、現金の流れと労働者の実際の受取額をめぐっては、韓国側でも問題が指摘されていました。

【裏通貨の真相】チョコパイが「第2の通貨」になった仕組み
北朝鮮でチョコパイがお金代わりに使われた理由を理解するには、法定通貨と市場で価値を持つ商品を区別する必要があります。
チョコパイは北朝鮮ウォンに代わる正式な通貨として認められたわけではありません。市場で売れば現金に換えられ、商品そのものを欲しがる人もいる。そのため、一定の交換価値を持つ商品として、通貨に似た役割を果たしたのです。
仕組みはシンプルです。工場でチョコパイを受け取った労働者が、それを食べずに持ち帰ったり、市場で売ったりする。買い手は希少な韓国製菓子を手に入れ、売り手は現金を得る。売買が繰り返されれば、チョコパイは単なる消費財ではなく、現金を得る手段にもなります。
当時の北朝鮮では、生活必需品や食品などが公的な配給だけでなく、市場を通じても取引されていました。こうした市場は一般に「チャンマダン」と呼ばれます。チョコパイは、その市場に持ち込める商品だったことから、開城工業団地の外でも価値を持つようになりました。
2011年の「The Korea Times」は、チョコパイの市場価格について、韓国での販売価格とは大きく異なる水準が報告されていたと伝えています。一方、北朝鮮の市場事情を取材する「Daily NK」は、チョコパイが1個10米ドルで売買されるという一部の報道について、実態を大幅に誇張していると指摘しました。
この価格をめぐる報道の食い違いは重要です。地域や時期、流通経路、現地通貨の相場によって価格は変動します。したがって、「チョコパイ1個が常に何ウォンだった」「北朝鮮のどこでも同じ価値があった」とは言えません。
「第2の通貨」という表現は、チョコパイが法的な通貨になったという意味ではなく、希少性と換金性によって非公式な経済価値を持ったことを示す言葉です。実際には、現金のようにあらゆる商品やサービスの支払いに使えることが証明されているわけではありません。
【時系列で整理】配布開始から禁止・国産化、工業団地の閉鎖まで
チョコパイをめぐる出来事を時系列で追うと、当初は労働者への間食だった商品が、北朝鮮当局の警戒対象へと変わっていった過程が分かります。
| 時期 | 主な出来事 | 背景・意味 |
|---|---|---|
| 2004年 | 開城工業団地が本格稼働 | 韓国企業と北朝鮮の労働者が共同事業の枠組みで働くようになる。 |
| 2007年ごろ | チョコパイの配布が広がる | 間食や残業時の報奨として受け取られ、持ち帰りや転売が広がる。 |
| 2009年 | 市場への流通が報道される | 工業団地の外でも商品価値が認識され、北朝鮮各地に広がる。 |
| 2011年 | 配布量の調整が問題になる | 企業間の配布量の差や、韓国製品の流通が当局の懸念材料になる。 |
| 2013~2014年 | 供給停止や市場価格の変動が報じられる | 開城工業団地の一時停止や韓国製品の流通規制を受け、供給事情が変化する。 |
| 2015年 | 北朝鮮製の菓子への切り替えが進む | 韓国製チョコパイに代わり、現地の菓子や餅菓子を配る動きが報じられる。 |
| 2016年2月 | 開城工業団地が操業停止 | 韓国政府が北朝鮮の核・ミサイル問題を受けて事業を中断する。 |
| 2024年11月 | 金与正氏が韓国からの落下物を批判 | 北朝鮮側が公開した写真にチョコパイなどが写り、南北間の宣伝活動をめぐる問題が再び注目される。 |
| 2026年2月 | 韓国統一部が再開への期待を表明 | 再開に向けた準備の意向が示されるが、操業再開そのものが決定したわけではない。 |
この経緯で押さえたいのは、チョコパイの流通規制と開城工業団地の操業停止は、同じ出来事ではないという点です。チョコパイの配布制限は2014~2015年ごろに報じられましたが、工業団地そのものが閉鎖されたのは2016年です。
韓国政府は2016年2月、北朝鮮の核実験や長距離ロケット発射を受け、開城工業団地の操業停止を決定しました。これにより、韓国企業が現地の労働者に商品を提供する仕組みも途絶えました。かつてのチョコパイ経済を支えていた定期的な供給源が失われたのです。

【禁止令の真相】北朝鮮当局はなぜチョコパイを規制したのか
チョコパイの規制には、経済的な理由と文化的な理由が重なっていました。
第一に、韓国製品が市場で売買されると、北朝鮮当局が管理する工場内の報奨が、当局の想定しない形で現金収入に変わります。労働者が受け取った菓子を市場で売り、そのお金を自由に使うことは、商品と所得の流れを管理する側にとって無視できない問題でした。
第二に、チョコパイは韓国の生活水準や消費文化を連想させる商品でもありました。外国製品の流通は、物そのものだけでなく、製造技術、ブランド、生活様式への関心を広げる可能性があります。北朝鮮当局が韓国文化の流入を警戒していたことは、チョコパイをめぐる規制を理解するうえで欠かせません。
韓国メディアや「Voice of America(VOA)」は2014年、北朝鮮側が開城工業団地の韓国企業に対し、チョコパイの提供をやめ、代わりに肉や米、ソーセージなどを提供するよう求めたと報じています。2015年にも、韓国製の食品を北朝鮮製品に置き換える動きが伝えられました。
ただし、報道されている規制を「北朝鮮国内のあらゆる場所でチョコパイの所持や売買が一律に禁止された」と理解するのは正確ではありません。開城工業団地内での配布制限、韓国製品の市場流通への取り締まり、国内で製造された類似品の販売は、それぞれ区別する必要があります。
実際、2014年の「Daily NK」は、開城工業団地での配布が止められた後も、北朝鮮の市場で韓国製チョコパイが販売されていたと報じています。取り締まりがあったからといって、需要がただちに消えたわけではありません。供給が減れば、流通経路や価格が変わるという市場の動きも起きていました。
【国産化の実態】北朝鮮はチョコパイの代用品を作ったのか
韓国製チョコパイの配布を抑える一方、北朝鮮では国内製品への切り替えも進められました。2013年ごろには、平壌の龍城食品工場で製造されたチョコパイに似た菓子が市場に出回ったと「Daily NK」が報じています。
2015年には、開城工業団地で働く北朝鮮の労働者向けに、韓国製チョコパイではなく、北朝鮮製の餅菓子などを提供する動きが報じられました。韓国の「Radio Free Asia(RFA)」は、北朝鮮当局が韓国製品の流通を抑え、国内の食品生産者を後押しする狙いもあったと伝えています。
こうした代替品は、韓国製チョコパイに似た外観の商品や、米粉などを使った餅菓子など、複数の形で報じられています。韓国製品の供給が減った際に、北朝鮮製や中国製の類似品が市場に出回ったという情報もあります。
ただし、国産化は、韓国製チョコパイと同等の商品を国内で安定供給できるようになったことを意味しません。過去の報道では、現地製品の味や包装、品質に対する評価が韓国製品と異なっていたとする証言も紹介されています。これらは当時の取材情報であり、北朝鮮製品全体の品質を一律に評価できるものではありません。
ここで重要なのは、国産化の狙いが単なる菓子の製造にとどまらないことです。輸入品や韓国製品への依存を減らし、国内の生産者に需要を振り向けることは、経済統制と文化的影響の抑制の両面で意味を持ちます。一方、消費者が好む商品を国産品で置き換えるには、味や品質、価格、供給量を満たす必要があります。
なお、2026年時点で北朝鮮製のチョコパイ類似品がどの程度生産され、国内市場でどれほど販売されているかを示す、信頼できる最新の全国統計は公表情報から確認できません。過去に国産化が進められた事実と、現在の生産・販売規模は分けて考える必要があります。

【なぜ人気だった?】味だけでは説明できないチョコパイの価値
北朝鮮でチョコパイが人気を集めた背景には、商品の特徴と社会環境がありました。少なくとも三つの要素が重なっていたと考えられます。
1.手に入りにくい韓国製菓子だったこと。 開城工業団地では韓国企業から商品が供給されていましたが、一般の北朝鮮住民が同じ商品を日常的に購入できるとは限りません。供給される場所が限られているほど、商品には希少性が生まれます。
2.家族に分けられ、転売もできたこと。 チョコパイは持ち帰りやすく、個別に分けられる菓子です。労働者自身が食べるだけでなく、子どもなど家族への土産にしたり、市場で売って現金を得たりすることもできました。消費と換金の両方に使えることが、価値を高めました。
3.韓国製品という象徴性があったこと。 チョコパイは、北朝鮮の外にある消費文化を身近に感じさせる商品でもありました。商品の人気が高まるほど、当局にとっては単なる食品の流通以上の意味を持つようになります。市場経済の広がりと文化的な影響が、一つの菓子を通じて交差したのです。
一方、「北朝鮮ではチョコパイ1個が誰にとっても大金だった」「全国で同じ価格で取引された」といった説明は、過度な一般化です。市場価格に関する当時の報道には幅があり、極端に高い価格を紹介した記事については、現地取材メディアが疑問を呈した例もあります。
チョコパイが「第2の通貨」と呼ばれた核心は、国民全体が同じ交換レートで使う通貨だったことではありません。入手しにくい商品に需要が集まり、売買できることによって、非公式な交換価値が生まれた点にあります。
【金与正氏の発言】2024年のチョコパイ写真は何を意味したのか
チョコパイが北朝鮮で再び話題になった出来事の一つが、2024年11月の金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党副部長の発言です。
韓国の複数の民間団体による対北朝鮮ビラ散布などをめぐり、北朝鮮側は韓国から落下したとする物品の写真を公開しました。韓国の「朝鮮日報」日本語版などの報道によると、公開された写真には政治的な宣伝ビラのほか、チョコパイなどの菓子類、医薬品、女性用品、子ども向けの栄養補助食品などが写っていました。
金与正氏は2024年11月17日の談話で、韓国から飛来したと北朝鮮側が主張する物品を「ごみ」や「汚物」と表現し、散布への対抗措置を警告しました。報道で紹介された「野良犬も口にしない不潔な汚物」という趣旨の発言も、この落下物をめぐる非難の文脈にあります。
ここで注意したいのは、金与正氏の発言がチョコパイそのものの味や商品価値を論じたものではないという点です。発言の中心は、韓国からのビラや物品の散布をめぐる南北間の対立でした。写真にチョコパイが含まれていたことと、過去に開城工業団地でチョコパイが人気商品になったことは、関連する歴史を持ちながらも別の出来事です。
この事例は、同じ商品でも置かれた状況によって政治的な意味が変わることを示しています。かつて工場労働者への報奨として受け取られた菓子が、2024年には南北間の宣伝活動をめぐる対立の中で登場しました。チョコパイの象徴性は、菓子の人気だけでなく、南北関係の変化とも結びついています。
【2026年最新】北朝鮮でチョコパイは現在も流通しているのか
2026年の状況を考えるうえで、最も大きな前提となるのが開城工業団地の操業停止です。韓国政府は2016年2月に事業を中断し、その後、同団地は長期にわたって操業停止の状態が続いています。チョコパイの定期的な供給源だった工業団地が動いていない以上、かつてと同じ配布・転売の仕組みが続いているとは考えられません。
一方、北朝鮮国内の市場に韓国製チョコパイがまったく存在しないと断定することもできません。過去には、開城工業団地から流出した商品が市場で売買され、供給が減った時期には中国製や北朝鮮製の類似品が代わりに流通したと報じられています。しかし、これらの情報は主に2010年代の取材に基づくもので、2026年現在の流通量や価格を示すものではありません。
2026年2月10日、韓国の聯合ニュースは、韓国統一部が開城工業団地の早期正常化への期待を表明し、再開に向けた準備を進める意向を示したと報じました。これは2016年の操業停止から10年を迎えた時期の動きです。ただし、再開への期待や準備の表明は、実際に操業が再開されたことを意味しません。
また、開城工業団地の再開が実現したとしても、以前と同じ形でチョコパイが労働者に配られるとは限りません。南北間の政治・外交関係、企業の操業条件、労働者への報奨の仕組み、北朝鮮当局の規制など、複数の条件が関係するためです。
2026年のチョコパイ事情を判断する際は、次の三つを分けて見る必要があります。
- 歴史的事実:開城工業団地でチョコパイが報奨として配られ、市場で売買されたこと。
- 過去の規制・国産化:韓国製菓子の配布制限や北朝鮮製の代替品への切り替えが報じられたこと。
- 現在の実態:2026年の北朝鮮国内での韓国製チョコパイの流通量、価格、販売地域を確定できる最新の公表データは確認できないこと。
「今も第2の通貨として使われている」と断言するよりも、過去に非公式な交換価値を持った商品が、供給源の停止と規制によって流通環境を大きく変えたと捉えるのが実態に近いでしょう。
【チョコパイ北朝鮮】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:北朝鮮ではチョコパイが本当にお金代わりに使われていたのですか?
A1:はい。開城工業団地で配布されたチョコパイが市場で売買され、現金収入を得る手段として使われたことが、韓国メディアや北朝鮮情勢を取材するメディアによって報じられています。ただし、正式な通貨ではなく、商品の希少性と換金性による非公式な価値でした。
Q2:北朝鮮ではチョコパイ1個が10ドルで売られていたのですか?
A2:1個10ドルという極端な価格を伝えた報道はありますが、「Daily NK」は当時、その金額は実態を誇張していると指摘しました。地域や時期、流通事情によって価格が異なったため、10ドルを一般的な相場として扱うのは適切ではありません。
Q3:北朝鮮ではチョコパイが全面禁止されたのですか?
A3:2014~2015年には、開城工業団地での韓国製チョコパイの配布制限や、北朝鮮製食品への切り替えが報じられました。ただし、工業団地内の配布制限と、国内すべての市場での販売禁止は同じではありません。当時は規制の報道後も市場での販売が伝えられています。
Q4:2026年現在も北朝鮮でオリオンのチョコパイは売られていますか?
A4:2026年現在の流通量や販売地域を確定できる信頼性の高い公表情報は確認できません。2016年に開城工業団地が操業停止となって以降、かつての供給ルートは途絶えています。現在の流通状況については、過去の報道と最新の実態を区別する必要があります。
Q5:金与正氏はチョコパイそのものを批判したのですか?
A5:2024年11月の発言は、韓国からのビラや物品の散布をめぐる非難の文脈で行われました。北朝鮮側が公開した写真にチョコパイなどが写っていましたが、発言の中心は南北間の宣伝活動をめぐる対立であり、菓子そのものの評価ではありません。
まとめ:チョコパイが映し出した北朝鮮の市場と南北関係
北朝鮮でチョコパイが「第2の通貨」と呼ばれた現象は、単なる珍しい菓子の流行ではありません。開城工業団地という限定された経済空間で配布された商品が、希少性と換金性を獲得し、労働者の報奨から市場取引へと役割を広げた出来事でした。
その後、韓国製品の流通や文化的影響を警戒する北朝鮮当局は、配布制限や国産菓子への切り替えを進めました。2016年の工業団地閉鎖は、チョコパイを定期的に供給する仕組みを失わせました。そして2024年には、金与正氏がビラ散布をめぐる談話を発表し、公開された写真にチョコパイが写っていたことで、商品は再び南北対立の文脈に登場しました。
2026年2月には韓国統一部が開城工業団地の再開に向けた意向を示しましたが、準備と実際の再開は別の段階です。現在の流通量や価格を示す確かなデータも限られており、過去の「第2の通貨」というイメージを、そのまま現在に当てはめることはできません。
【プロの結論】 チョコパイの事例から読み取れるのは、商品の価値が味や価格だけで決まるわけではないということです。供給量、入手の難しさ、市場での換金性、そして政治的な規制が重なれば、身近な菓子でさえ経済的・社会的な意味を持ちます。北朝鮮のチョコパイをめぐる歴史は、非公式市場がどのように機能するのか、また南北経済協力と文化交流が政治情勢に左右される現実を理解する手がかりになっています。 (出典: チョコパイ 北 朝鮮(Yahoo!ニュース))