巨人歴代4番打者96代を徹底解剖!長嶋・王・川上から岡本、2026年の4番まで
読売ジャイアンツの歴史を語るうえで、4番打者は欠かせない存在だ。1936年の球団創設期から、川上哲治、長嶋茂雄、王貞治、原辰徳、松井秀喜、阿部慎之助、岡本和真へと受け継がれてきた中軸の打順には、巨人の強さと時代ごとのチーム事情が刻まれている。
2025年シーズン終了時点で、歴代4番打者は96代。歴代データによると、4番での先発試合数は川上哲治の1,658試合、本塁打は王貞治の392本が最多だ。2026年にはボビー・ダルベックらが4番を務め、起用のあり方にも変化が表れている。初めて4番に座った試合、4番先発時の本塁打・打点・打率を比較しながら、巨人の4番の変遷と記録の意味を読み解く。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 歴代4番は96代:2025年終了時点の集計では、初めて4番で先発した順に96人が記録されている。
- 記録の頂点は指標によって異なる:最多4番先発は川上哲治の1,658試合、4番時の最多本塁打は王貞治の392本。
- 岡本和真から2026年の新体制へ:岡本は2025年までに4番で938試合に先発。2026年はダルベックが4番先発の最多となった。
【巨人歴代4番打者一覧】96代の名前と数え方を整理
巨人の歴代4番打者を調べると、「第○代4番」という独特の呼び方が目に入る。この代数は、球団が永久に引き継ぐ公式タイトルや背番号ではない。歴代4番打者のデータを整理する際に、初めて4番で先発出場した順に付けられた番号だ。
そのため、長年にわたって4番を務めた選手も、1試合だけ4番で先発した選手も、それぞれ1代として数えられる。代数が大きいからといって実績が小さいわけではなく、逆に代数が若いからといって歴史的な重要性が高いとも限らない。
2025年終了時点の「第96代」は岸田行倫。2025年8月30日の阪神戦で初めて4番に座った。歴代データでは、この試合を起点として4番先発時の打撃成績が集計されている。
以下は、歴代4番打者の全96人を年代順に整理した一覧だ。外国人選手は、歴代データで広く用いられている登録名や表記に合わせている。
第1代〜第24代:球団創設期から長嶋茂雄登場前まで
永沢富士雄、伊藤健太郎、中島治康、筒井修、前川八郎、水原茂、川上哲治、青田昇、木暮力三、中村政美、須田博、近藤貞雄、川畑博、黒沢俊夫、小松原博喜、平山菊二、宇野光雄、南村不可止、手塚明治、宮本敏雄、樋笠一夫、藤尾茂、柏枝文治、与那嶺要。
第25代〜第48代:長嶋・王の時代から原辰徳登場まで
長嶋茂雄、坂崎一彦、国松彰、王貞治、池沢義行、森昌彦、相羽欣厚、吉田勝豊、田中久寿男、高倉照幸、森永勝也、柴田勲、末次利光、柳田俊郎、張本勲、淡口憲治、デーブ・ジョンソン、ジョン・シピン、山本功児、ロイ・ホワイト、中畑清、ゲーリー・トマソン、松原誠、原辰徳。
第49代〜第72代:原辰徳から松井秀喜、阿部慎之助の時代へ
レジー・スミス、ウォーレン・クロマティ、呂明賜、駒田徳広、吉村禎章、マイク・ブラウン、パット・ブラッドリー、レジー・モスビー、ジェシー・バーフィールド、岡崎郁、大久保博元、落合博満、広沢克己、松井秀喜、シェーン・マック、清原和博、石井浩郎、高橋由伸、ダン・マルティネス、ロベルト・ペタジーニ、小久保裕紀、李承燁、二岡智宏、阿部慎之助。
第73代〜第96代:2000年代後半から2025年まで
小笠原道大、アレックス・ラミレス、長野久義、村田修一、ホセ・ロペス、ジョン・ボウカー、レスリー・アンダーソン、フレデリク・セペダ、大田泰示、坂本勇人、中井大介、亀井善行、ギャレット・ジョーンズ、ルイス・クルーズ、ケーシー・マギー、アレックス・ゲレーロ、岡本和真、丸佳浩、中田翔、吉川尚輝、トレイ・キャベッジ、大城卓三、増田陸、岸田行倫。
この一覧で見えてくるのは、巨人の4番が一部の大打者だけで構成されてきたわけではないという事実だ。主力の故障や休養、外国人選手の補強、若手の抜てきなど、さまざまな事情によって打順の中央を任された選手が歴史に名を残している。

【歴代4番打者の成績比較】川上哲治・長嶋・王・岡本の記録
巨人歴代4番打者の成績を比較するとき、まず注目したいのは「4番で先発した試合だけ」の記録だ。選手の通算成績や巨人在籍時の成績とは集計対象が異なるため、比較する数字の範囲をそろえる必要がある。
「my favorite giants」の歴代4番打者データなどを基に、主要選手の初4番の日付と、4番先発時の試合数、本塁打、打点、打率をまとめた。
| 選手名 | 初めて4番で先発した試合 | 4番先発試合数 | 本塁打 | 打点 | 打率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 川上哲治 | 1939年5月11日 | 1,658 | 162 | 1,130 | .317 |
| 長嶋茂雄 | 1958年8月6日 | 1,460 | 314 | 1,075 | .314 |
| 王貞治 | 1962年4月7日 | 1,231 | 392 | 1,009 | .315 |
| 原辰徳 | 1982年6月4日 | 1,066 | 255 | 729 | .279 |
| 松井秀喜 | 1995年8月25日 | 470 | 138 | 349 | .322 |
| アレックス・ラミレス | 2008年4月4日 | 511 | 139 | 407 | .308 |
| 岡本和真 | 2018年6月2日 | 938 | 229 | 657 | .274 |
注:歴代4番打者データにおける4番先発時の成績。岡本和真は2025年終了時点。各数値は選手の通算成績や全打順での成績ではない。
試合数の最多は川上哲治の1,658試合。本塁打の最多は王貞治の392本、打点の最多も川上の1,130打点だ。一方、表に挙げた選手の中で4番時の打率が最も高いのは松井秀喜の.322となっている。
この結果から分かるのは、巨人の4番の価値を一つの数字だけで決めることはできないということだ。長期間にわたって打線の中心を担う能力、本塁打で試合を動かす力、走者をかえす能力、そして高い確率で安打を放つ技術は、それぞれ異なる指標に表れる。
なお、川上の打点については、参照する資料によって1,129打点と記載される例もある。ここでは、歴代4番打者の集計データに掲載された1,130打点を採用した。巨人在籍時の通算成績と4番先発時の成績を混同しないことも、記録を読むうえでの基本となる。
【巨人4番の歴代変遷】戦前の川上からON、原、松井へ
戦前から戦後復興期:川上哲治が築いた4番の基準
巨人の4番の歴史は、1936年の公式戦から始まる。初代は永沢富士雄で、同年7月1日に4番で先発。続く伊藤健太郎、中島治康らが打順の中央を担い、1939年には川上哲治が初めて4番に入った。
川上は4番先発1,658試合、打率.317、1,130打点という記録を残した。4番での本塁打数では王に及ばないものの、長い期間にわたり安定した打撃を続けた点に大きな特徴がある。戦前・戦後をまたいで巨人の中心を担った存在であり、4番という役割を記録面から捉える際の重要な基準になっている。
1958年以降:長嶋茂雄と王貞治のON時代
1958年8月6日、長嶋茂雄が広島戦で初めて4番に座った。長嶋は4番で1,460試合に先発し、314本塁打、1,075打点、打率.314を記録。豪快な打撃だけでなく、勝負どころでの存在感も含めて「巨人の4番」の象徴となった。
1962年4月7日には王貞治が初めて4番で先発した。長嶋と王が3番・4番を入れ替えながら中軸を形成した時代は、ON砲の名で知られる。王の4番時の392本塁打は歴代最多であり、長嶋の314本塁打と合わせて、巨人の4番が本塁打の量産と得点力の両方を担ったことを示している。
重要なのは、ON時代の4番が常に一人に固定されていたわけではないことだ。二人が並び立ったことで、相手投手にとっては3番から4番まで気の抜けない打線が形成された。4番の重責を一人だけに集中させないという意味でも、特異な時代だった。
1980〜1990年代:原辰徳、クロマティ、松井秀喜らの時代
長嶋の引退後、王が主に4番を務めた時期を経て、原辰徳が1982年に初めて4番で先発した。原は4番で1,066試合、255本塁打、729打点を記録し、長期にわたって打線の中心を担った。
1980年代にはウォーレン・クロマティら外国人選手も4番を務め、1990年代には落合博満、清原和博、松井秀喜らが名を連ねた。松井は4番で470試合に先発し、138本塁打、打率.322を記録。長打力に加えて高い打率を残した点が特徴だ。
この時代の変化は、4番が必ずしも生え抜きの日本人選手だけに任される打順ではなくなったことにも表れている。チームの戦力構成や補強方針に応じて、移籍選手や外国人選手が中軸に入る形が定着していった。
2000年代以降:ラミレス、阿部、岡本へ
2000年代以降は、小笠原道大、アレックス・ラミレス、阿部慎之助、高橋由伸らが4番を務めた。ラミレスは4番で511試合に先発し、139本塁打、407打点、打率.308を記録。連続4番先発は496試合に達しており、打線の中心を固定することがチーム運営上の選択肢だったことを示している。
その後、岡本和真が2018年6月2日に初めて4番で先発し、巨人の新たな主軸となった。岡本は2025年終了時点で4番先発938試合、229本塁打、657打点を記録している。長嶋や王のような歴史的な大打者と同じく、長期にわたって4番を任された選手の一人だ。

【初4番の試合と先発試合数】歴代記録を正しく読む方法
「巨人歴代4番打者の初4番の試合」を調べる場合、確認したいのは初めて4番で先発出場した日付だ。途中出場や代打で4番の打順に入ったケースと、スターティングメンバーとして4番に座ったケースを区別すると、歴代データの代数が何を示しているか理解しやすくなる。
代表的な初4番の日付を振り返ると、川上哲治は1939年5月11日、長嶋茂雄は1958年8月6日、王貞治は1962年4月7日、原辰徳は1982年6月4日、松井秀喜は1995年8月25日、アレックス・ラミレスは2008年4月4日、岡本和真は2018年6月2日となっている。
そして、初4番の日付と並んで重要なのが「4番先発時の試合数」だ。たとえば、長嶋の巨人在籍期間における全試合数と、4番で先発した1,460試合は同じ数字ではない。王も同様に、巨人在籍時の全打順での記録と、4番先発時の392本塁打を分けて考える必要がある。
4番先発時の成績を調べる際は、次の3点を押さえておきたい。
- 集計対象:巨人在籍時の通算成績か、4番で先発した試合に限った成績か。
- 記録の期間:現役期間の最終成績か、2025年終了時点など特定時点の成績か。
- 代数の意味:4番で初めて先発した順番か、4番を務めた期間の長さか。
こうした条件をそろえると、1試合だけ4番を任された選手と、1,000試合以上にわたって4番に定着した選手を同じ土俵で評価せずに済む。代数は歴史を整理するための番号であり、選手の実力を直接順位付けする数字ではない。
【岡本和真の4番成績】2025年終了時点で何を残したのか
岡本和真は、2018年6月2日のオリックス戦で初めて4番に座った。2025年終了時点の歴代4番打者データでは、4番先発938試合、3,495打数、959安打、229本塁打、657打点、打率.274となっている。
2025年シーズンに限ると、岡本が4番で先発したのは66試合。240打数78安打、15本塁打、49打点、打率.325だった。同年の4番起用ではトレイ・キャベッジも39試合に先発し、6本塁打、26打点、打率.263を記録。吉川尚輝、増田陸、丸佳浩、坂本勇人、岸田行倫、大城卓三も4番で先発している。
この数字で注目したいのは、2025年の岡本が4番で先発した66試合で打率.325を残した一方、歴代通算の4番時打率は.274である点だ。短いシーズン区間の成績と、複数年にわたる通算成績は評価する意味が異なる。シーズンの好調さを見るなら単年成績、4番への定着度を考えるなら試合数や複数年の推移を見る必要がある。
また、4番を務めた選手が多い年は、必ずしも4番候補が豊富だったことを意味しない。主軸の故障や離脱、打線全体の調子、相手投手との相性など、打順を変える事情はさまざまだ。2025年の起用状況は、岡本が主軸でありながら、チームが複数の選手を4番に起用したシーズンだったことを示している。
岡本の歴代評価を考える際には、本塁打数だけでなく、4番で先発した試合数、打点、打率、そしてチームがどれだけ長く中軸を任せたかを合わせて見るのが適切だ。
【2026年現在の巨人4番打者】ダルベックと大城の起用に注目
2026年の巨人は、4番を一人に固定する形ではなく、試合やシーズンの状況に応じて起用を変えてきた。2026年の打順別スタメン集計では、ボビー・ダルベックが4番で先発した試合数が119試合で最多。大城卓三が18試合、トレイ・キャベッジが4試合と続いている。
この数字は、2026年のレギュラーシーズンを通して誰が最も多く4番を務めたかを見る指標だ。ただし、シーズン最多の4番と、直近の試合で4番に起用された選手は必ずしも一致しない。
その違いが表れたのが、2026年10月のクライマックスシリーズ・ファーストステージだった。10月10日のDeNA戦ではダルベックが4番に入ったが、翌11日の第2戦では大城卓三が4番に起用され、ダルベックは6番に下がった。NPB公式の試合記録でも、巨人は第2戦に1対4で敗れ、2連敗でファーストステージ敗退となっている。
したがって、2026年の「現在の4番打者」を一人の名前だけで説明するのは正確ではない。シーズンを通じた起用数ではダルベックが最多だった一方、シーズン最後の試合では大城が4番を務めた。最新の試合で誰が4番に座ったかを知りたい場合は、その試合のスターティングメンバーを確認する必要がある。
なお、2025年終了時点の歴代一覧では岸田行倫が第96代。2026年にはダルベックが新たに4番で先発しており、歴代データの数え方では第97代に当たる。96代という数字は2025年終了時点の区切りであり、2026年の起用まで含めた一覧とは分けて理解したい。
【プロの結論】巨人の歴代4番を比較するなら何を見るべきか
巨人の4番を評価する際に、最初に決めるべきなのは「何をもって優れた4番とするのか」という基準だ。長く打順の中心を守った選手を評価するなら4番先発試合数、長打力を比較するなら本塁打、走者をかえす能力なら打点、打撃の確実性なら打率が重要になる。
記録上の代表例を整理すると、川上哲治は最多の4番先発試合数と打点、王貞治は最多本塁打、長嶋茂雄は1,460試合にわたる4番先発と314本塁打、松井秀喜は4番時打率.322という強みを持つ。いずれも異なる尺度で巨人の4番の歴史を形作った選手だ。
さらに、4番の歴史を読むときは、代数の多さをそのまま評価に結びつけないことも大切だ。1試合のみ4番を任された選手も、何年にもわたって主軸を担った選手も、同じ基準で代数に数えられる。96代という数字は巨人の4番の歴史の広がりを表すものであって、96人の実力順位ではない。
2025年までの岡本和真、2026年のダルベックや大城卓三の起用を見ても、4番は固定された称号ではなく、チームの戦力と試合状況に応じて任される打順だ。長嶋や王のように長期にわたって務めるケースもあれば、複数の選手が交代で担うケースもある。その変化そのものが、巨人の打線がどう作られてきたかを示している。
【巨人歴代4番】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:巨人の歴代4番打者は2025年終了時点で何代までいる?
A1:歴代4番打者データでは96代まで記録されている。第96代は岸田行倫で、2025年8月30日の阪神戦で初めて4番で先発した。2026年の起用まで含めると、ダルベックが第97代に当たる。
Q2:巨人の歴代4番で最も多く4番先発した選手は誰?
A2:川上哲治で、4番先発は1,658試合。4番時の打率は.317、打点は1,130。王貞治は4番時の本塁打392本で歴代最多となっている。
Q3:長嶋茂雄と王貞治は、いつ初めて巨人の4番を務めた?
A3:長嶋茂雄は1958年8月6日の広島戦、王貞治は1962年4月7日の阪神戦で初めて4番で先発した。二人は交互に4番を務め、巨人のON時代を象徴する打線を形成した。
まとめ:巨人の4番は記録と時代背景の両方で読み解く
巨人の歴代4番打者は、2025年終了時点で96代に達した。川上哲治が1,658試合の4番先発と1,130打点を残し、王貞治が392本塁打で歴代最多を記録。長嶋茂雄、原辰徳、松井秀喜、アレックス・ラミレスらがそれぞれ異なる強みで中軸を支え、岡本和真へと歴史が続いてきた。
2026年はダルベックが4番先発の最多となった一方、シーズン最後の試合では大城卓三が4番を務めた。こうした起用の変化は、4番が固定的な称号ではなく、その時々のチーム事情と戦力を反映する打順であることを示している。
歴代4番を比較するなら、初めて4番に座った試合、4番先発時の試合数、本塁打、打点、打率を同じ条件で見比べたい。数字だけでなく、なぜその選手が4番を任されたのかという時代背景まで追うことで、巨人の打線と球団史がより立体的に見えてくる。 (出典: 巨人 歴代 4 番(Yahoo!ニュース))