三上朋也の現在はENEOSコーチ!2026年最新の成績・引退理由・妻との馴れ初めを徹底解説
2026年現在、元横浜DeNAベイスターズの投手・三上朋也さんは、社会人野球の名門ENEOS野球部でコーチを務めています。2025年シーズン限りで現役を引退し、プロ野球で培った経験を若い投手たちに伝える新たなキャリアへと進みました。
三上朋也さんは、DeNA、読売ジャイアンツ、オイシックス新潟アルビレックスBCの3球団でプレーし、NPB通算368試合登板、121ホールド、防御率3.22という記録を残した右腕です。現役時代には守護神やセットアッパーとしてブルペンを支え、年俸が推定1億円を超えた時期もありました。一方、2015年の暴投をきっかけとするサヨナラ負けや、右肘の故障に苦しんだ時期も知られています。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在:2025年12月にENEOS野球部のコーチへ就任。2026年も指導者として活動しています。
- 現役時代:DeNA、巨人、オイシックスでプレーし、NPB通算368試合、121ホールドを記録しました。
- 引退理由:2025年8月29日にシーズン限りでの引退を発表。公表された発表資料には、引退の具体的な理由は記載されていません。
- 結婚:妻はフリーアナウンサーの関根和歌香さん。法政大学時代の共通の知人を通じて知り合い、約1年の交際を経て結婚しました。
【2026年最新】三上朋也の現在はENEOS野球部コーチ
三上朋也さんの現在を知るうえで、最も重要な発表は2025年12月1日にENEOSが公表したコーチ就任のお知らせです。現役引退後の進路が正式に明らかになり、2026年は指導者として新しいシーズンを迎えています。
ENEOS野球部は、三上さんが2012年から2年間在籍した古巣です。当時は投手として、2012年と2013年の都市対抗野球大会連覇、2012年の社会人野球日本選手権大会優勝に貢献しました。プロ入り前に大きな実績を残したチームへ、今度はコーチとして復帰したことになります。
ENEOSの就任発表で三上さんは、プロ野球で培ってきた経験をチームに還元し、投手陣の成長をサポートする意向を示しました。また、現役時代に大切にしてきた「チームの和」を、指導者としても強めていきたいという考えを表明しています。
2026年のENEOS野球部公式スタッフ一覧にも、三上さんはコーチとして掲載されています。したがって、現在の所属や役職については、球団や企業の公式発表によって確認できます。
三上さんの引退後のキャリアには、現役時代の経験を次世代へつなぐという明確な方向性があります。プロ野球の一軍で長年リリーフを担った経験に加え、社会人野球の全国大会で優勝を経験していることは、投手育成やチーム運営を考えるうえでも強みになるはずです。

【経歴・年表】三上朋也のプロフィールと12年間の歩み
三上朋也さんは1989年4月10日生まれ、岐阜県多治見市出身の元プロ野球投手です。右投右打で、県立岐阜商業高校、法政大学を経て、社会人野球のJX-ENEOS(現・ENEOS)に進みました。
2013年のドラフト会議で横浜DeNAベイスターズから4位指名を受け、2014年にプロ入り。デビュー年から65試合に登板するなど、救援投手として早くから存在感を発揮しました。その後はDeNAで長くプレーし、2023年に巨人、2024年にオイシックス新潟へと活躍の場を移しています。
オイシックス新潟の公式発表では、DeNA、巨人、オイシックスでの12年間を振り返り、ファンやチームメイト、球団関係者への感謝を伝えています。NPBでの在籍期間だけでなく、独立リーグに相当する新潟でのプレーまで含めて、12年間の現役生活を締めくくりました。
| 時期 | 所属・出来事 | 主な実績・ポイント |
|---|---|---|
| 1989年4月10日 | 岐阜県で誕生 | 右投右打の投手として成長 |
| 高校・大学時代 | 県立岐阜商業高校、法政大学 | 学生野球を経て社会人野球へ |
| 2012~2013年 | JX-ENEOS | 都市対抗野球大会2連覇に貢献 |
| 2014年 | 横浜DeNAベイスターズ | ドラフト4位で入団。1年目に65試合登板 |
| 2015年 | DeNAで2年目 | 右肘の不調を経験。一軍21試合に登板 |
| 2016~2018年 | DeNA | セットアッパーとして活躍。2018年は65試合登板 |
| 2019~2022年 | DeNA | 故障や成績の変動を経験しながらブルペンを支える |
| 2023年 | 読売ジャイアンツ | 22試合に登板 |
| 2024~2025年 | オイシックス新潟アルビレックスBC | NPB退団後も現役を続行 |
| 2025年8月29日 | 現役引退を発表 | 2025年シーズン限りでの引退を表明 |
| 2025年12月1日 | ENEOS野球部コーチ就任 | 古巣で指導者として再出発 |
この年表から分かるのは、三上さんのキャリアが一軍での登板数だけでは測れないことです。社会人野球で全国大会の優勝を経験し、プロ野球では勝ちパターンの一角を担い、最後はオイシックス新潟で現役生活を続けました。2025年の引退は競技生活の終点であると同時に、指導者としての出発点でもあります。
【通算成績】368試合・121ホールドを残したリリーフ右腕
三上朋也さんのNPB通算成績は、368試合登板、10勝16敗、23セーブ、121ホールド、防御率3.22です。日本野球機構(NPB)の個人年度別成績にも、この記録が掲載されています。
リリーフ投手の評価では、勝利数だけでなく、登板数やホールド、セーブ、防御率などを組み合わせて見る必要があります。三上さんの場合、特に目を引くのが121ホールドという数字です。ホールドは、チームがリードしている局面などで登板し、一定の条件を満たしてリードを保った救援投手に記録されます。
三上さんは2014年に65試合へ登板し、21セーブを挙げました。新人ながら抑えとして起用され、DeNAのブルペンを支えたシーズンです。その後、山﨑康晃投手がクローザーとして定着すると、三上さんは主にセットアッパーとして起用されるようになりました。
2016年には59試合登板、32ホールド、防御率2.61を記録。2017年は61試合、2018年は65試合に登板し、2018年も25ホールドを挙げました。勝敗の記録だけでは伝わりにくいものの、重要な局面を任される救援投手として、複数年にわたって稼働したことが数字に表れています。
一方で、2019年以降は登板数が減少し、2021年には40試合に登板したものの、2022年は19試合、2023年の巨人では22試合でした。リリーフ投手は短い登板時間で結果を求められる一方、連投や故障、起用法の変化が成績に影響しやすいポジションです。三上さんの年度別成績にも、安定した時期と苦しい時期の両方が表れています。

【2015年の暴投】阪神戦のサヨナラ負けは何が起きたのか
三上朋也さんを調べると、2015年9月29日の阪神戦で起きた暴投とサヨナラ負けに関する話題が見つかります。これは実際に報道された試合で、横浜DeNAベイスターズが甲子園球場で阪神タイガースに3対4で敗れた一戦です。
9回裏、3対3の同点で登板していた三上さんは、先頭の江越大賀選手を空振り三振に仕留めました。しかし、投球が捕手のミットに収まらず、暴投によって江越選手が振り逃げで一塁へ進みます。続く俊介選手の送りバントでは一塁への送球をめぐって失策が発生し、走者が一、三塁に進みました。さらに代打・関本賢太郎選手の打席で捕逸が起き、三塁走者の江越選手が生還。DeNAはサヨナラ負けを喫しました。
この試合でDeNAのシーズン暴投数は68となり、当時のプロ野球ワーストタイ記録に達しました。日刊スポーツやデイリースポーツも、暴投、失策、捕逸が重なった試合の経緯を報じています。
ただし、この敗戦を三上さん一人の責任として扱うのは、試合の経過を正確に捉えた評価ではありません。三上さんの暴投が失点につながる発端になったことは事実ですが、その後には野手の失策と捕手の捕逸も重なっています。野球では一つのミスが次のプレーに影響することがあり、この試合はその連鎖が結果を左右した例でした。
また、2015年の三上さんは春季キャンプ中に右肘の炎症を起こし、一軍初登板が8月8日まで遅れています。一軍での登板は21試合にとどまりましたが、シーズン防御率は0.81でした。登板数の少なさと防御率の低さは両立しており、シーズン全体を評価する際には、故障による離脱と実際に登板した試合の内容を分けて考える必要があります。
【引退理由・年俸推移】現役生活を終えた背景を整理
三上朋也さんは2025年8月29日、所属先のオイシックス新潟アルビレックスBCを通じて、2025年シーズン限りで現役を引退すると発表しました。発表時点ではシーズン終了まで約1か月を残しており、本人も最後の一球まで野球と向き合う姿勢を示しています。
気になる引退理由について、球団の発表資料には、故障や成績不振など特定の事情を引退の直接的な理由とする説明はありません。したがって、右肘の不調や登板数の減少だけを引退理由として断定することはできません。
一軍で長年プレーした後、巨人を経てオイシックス新潟で現役を続けたことは、三上さんがNPB退団後も競技を続ける道を選んだことを示しています。2025年シーズンで現役生活に区切りをつけ、その数か月後にENEOSのコーチへ就任したという時系列からは、引退後も野球に携わるキャリアへ移行したことが確認できます。
年俸の推移も、三上さんの選手生活を振り返る材料になります。年俸は球団から公式に一律公表されるデータではなく、報道などに基づく推定額として扱う必要があります。公開されている年俸データでは、DeNAで救援投手として実績を積んだ2019年に推定1億500万円となり、その後は推定8500万円(2020年)、6375万円(2021年)、6500万円(2022年)、1600万円(2023年の巨人)と推移しています。
この推移からは、登板数や役割、成績、球団移籍などが契約評価に反映されてきたことがうかがえます。ただし、年俸はその年の成績だけで機械的に決まるものではありません。過去の実績やチーム内で期待される役割、契約更改時の評価なども関係するため、年俸の増減だけで選手の能力や貢献度を判断するのは適切ではありません。
【妻・関根和歌香】結婚の馴れ初めと公表されている情報
三上朋也さんの妻は、フリーアナウンサーの関根和歌香さんです。関根さんは元東海テレビのアナウンサーで、三上さんとの結婚は2015年12月14日付の日刊スポーツなどで報じられました。結婚そのものは2015年シーズン中に行われており、報道によると、婚姻届を提出したのはシーズン序盤だったとされています。
二人の馴れ初めについては、法政大学時代の共通の知人を通じて知り合い、約1年間の交際を経て結婚したと報じられています。三上さんが法政大学出身であることは、ENEOSの公式プロフィールにも記載されています。
結婚を公表した2015年12月の報道では、三上さんは右肘の不調によって開幕から8月まで二軍で過ごしたことにも触れられています。関根さんが、思うように投球できない時期にも野球に集中できる環境づくりを支えたという内容も紹介されました。
なお、結婚後の家族構成や子どもに関する情報については、広く確認できる公式発表や信頼できる報道で明らかになっている範囲を超えて断定することはできません。夫婦の経歴を調べる際は、結婚報道で確認できる事実と、根拠が明確でないネット上の情報を区別することが大切です。
【プロの結論】三上朋也のキャリアから読み取れること
三上朋也さんのキャリアを評価する際に注目したいのは、通算368試合という登板数だけではありません。2014年の新人時代に65試合へ登板して21セーブを挙げ、その後はセットアッパーとして121ホールドを積み重ねたこと、さらにNPBを離れた後もオイシックス新潟で現役を続けたことが重要です。
救援投手は、先発投手のように長いイニングを投げる役割とは異なり、試合の流れが変わりやすい局面で短時間に結果を求められます。登板数が多いシーズンは、チームから繰り返し起用されていたことを示す一方、故障や調子の変動によって出場機会が大きく変わることもあります。三上さんの年度別成績は、救援投手というポジションの厳しさを理解する材料にもなります。
また、2012~2013年に在籍したENEOSへコーチとして戻ったことには、選手時代の経験を別の形で生かすという意味があります。社会人野球の全国大会での優勝経験、NPBでの長期的なリリーフ経験、そして複数球団でプレーした経験は、投手の技術指導だけでなく、準備やコンディショニング、試合での役割理解を伝えるうえでも生きる可能性があります。
一方、2015年のサヨナラ負けのような印象的な一場面だけで、選手生活全体を評価するのは適切ではありません。試合の記録、シーズン成績、通算成績、所属球団の発表を組み合わせて見ることで、失敗も含めたキャリアの全体像が浮かび上がります。
【三上朋也】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:三上朋也は2026年現在、何をしていますか?
A1:ENEOS野球部のコーチを務めています。2025年12月1日に就任が発表され、2026年の公式スタッフ一覧にも名前が掲載されています。
Q2:三上朋也の通算成績はどれくらいですか?
A2:NPB通算368試合登板、10勝16敗、23セーブ、121ホールド、防御率3.22です。DeNAで救援投手として長く活躍し、2023年には巨人でもプレーしました。
Q3:三上朋也の引退理由は何ですか?
A3:2025年8月29日に、オイシックス新潟を通じて同年シーズン限りでの引退を発表しました。ただし、公式発表では引退の具体的な理由は明らかにされていません。
Q4:三上朋也の妻は誰で、どのように知り合ったのですか?
A4:妻はフリーアナウンサーの関根和歌香さんです。報道によると、法政大学時代の共通の知人を通じて知り合い、約1年の交際を経て2015年に結婚しました。
Q5:三上朋也の最高年俸はいくらですか?
A5:公開されている推定年俸データでは、2019年の推定1億500万円が最高額とされています。年俸は公式に確定した公開記録ではなく、報道などに基づく推定額です。
まとめ:三上朋也はENEOSで指導者として新たな一歩へ
三上朋也さんは、横浜DeNAベイスターズ、読売ジャイアンツ、オイシックス新潟アルビレックスBCでプレーした右腕です。NPB通算368試合、121ホールド、防御率3.22という実績を残し、2025年シーズン限りで現役を引退しました。
2025年12月には、かつて全国大会で優勝を経験したENEOS野球部のコーチに就任。2026年現在は、選手として積み重ねた経験を次の世代へ伝える立場にあります。
2015年の暴投によるサヨナラ負け、故障による離脱、年俸の変動など、三上さんの現役生活にはさまざまな局面がありました。しかし、その一場面だけでキャリア全体を判断することはできません。通算成績や複数球団での経験、そして指導者への転身までを時系列で見ることで、三上朋也さんの野球人生をより立体的に理解できます。
今後の注目点は、ENEOSのコーチとして投手陣の育成にどのような形で貢献していくかです。現役時代に培った実戦経験が、社会人野球の舞台でどのように生かされるのか。三上朋也さんの新たな挑戦は、指導者としての実績によって評価されていくことになります。 (出典: 三 上 朋也(Yahoo!ニュース))